目と目を合わせてからはじめましょう
〜雨宮太一〜

それは、それは深く頭を下げた。

人生で、こんなに深く頭を下げたのは始めてかもしれない。

頭を上げると、目の前に飛び込んできた、黒い布……

状況を把握するまでに、鼻血が出るかと思った。


そもそも、なぜこのような事態になっているたというと、かれこれ数時間前にさかのぼる。

大きな政治界のミッションが終わり、休み明けの出社だった。民間警備会社の社長である父に、先月入社したばかりの後輩とともに呼ばれた。急遽、警護依頼があったらしい。

 湯之原一郎、どこかの金持ちのじーさんの警護だ。

「特に、狙われているわけではないが、最近、不審な事が周りで多いらしくて、不安になっているようだ。数日の警護で済むと思う」

「珍しいですね。緊急性のない警護を 急遽受けるなんて」

「ああ。昔からの知り合いなんだよ。ほら、母さんの友人だった美月さんの父だ」

「ああ、そういう事ですか。わかりました」

 俺も知っている母の友人だ、断れないのもわかる。どちらにせよ、大きな依頼も入っていないし、数日なら問題無いだtろう。


「高木、打ち合わせするぞ」

後輩の高木に声をかけ、準備を始めた。

 湯之原家の法事のため、お寺での警護だ。坊さんのお経を背に、辺りを確認する。至って平和な空気が流れているが、警護している手前、気を抜く訳には行かない。一応、親戚とはいえ、法事に出席している者の状況も把握する。その中に、とりわけ目立つ美人が居た。スラーっとして姿勢もよく、喪服が色気を出している。

 いやいや、気が緩んでるな。すっと、肩に力を入れ、気合を入れ直す。

 しかし、こんなに笑った顔を遺影に選ばなくてもいいだろう。笑っているなんてもんじゃない、大爆笑だ。

とりあえず、意識を集中させ辺りを見回す。すると、あの美人の彼女が、遺影に向かってウインクした。

 ええっ、マジで何やってんだ?

 しかも、ご焼香の番忘れてる。

 供養中だというのに、コロコロ表情の変わる人だ。つい、目が行ってしまう。
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