目と目を合わせてからはじめましょう
 政治家やら大物アーティストんなどが参加する。個別にはそれぞれの警護がつくが、うちの警備会社は、会場全体の警備を依頼されている。イベントは夕方からだが、数時間も前から準備に追われていた。
 主催側や参加者が狙われている情報は入ってていないものの、この手のイベントは、イタズラや興味本位で騒ぎを起こすものが大抵いる。

 システム課からの防犯カメラの情報、警護の配置、警備員の確認など様々な情報を把握し支持を促す。開場が始まると、あらゆる人の動きに集中する。ステージでは挨拶やら催し物が開催される。

 俺は、ステージの下座から、会場へ視線を向けていた。こんなこと言っては何だが、スタッフに紛れて悪さをする奴もいる。

 ステージの反対側へと目を向けた。

 うん?

 紛れていた、彼女が……

 俺の胸が一瞬、鈍い音を立てた。ある意味イタズラ犯より、俺にとっては厄介かもしれない。

 俺は、もう一度、彼女に視線を向けると、目が合った気がして少し頭を下げた。

 しまった。目の前を黒いレースがチラつきはじめた。ぐっと歯を食い縛り、集中しろと言い聞かせる。

 よーく見ると、ピアノの演奏をしているのは、先日の湯之原家の法事にいた人物だ。彼女はイベントの関係者って事だ。彼女の格好からして、ヘアメイクの担当のようだ。ただのお嬢様だと思っていたのに、しっかりと仕事をしている事に驚いた。ただ立っているだけのように見えたが、彼女は真剣な眼差しで、ピアニストを見ていた。


 俺は、周りへ意識を維持したまま、ステージの裏から周り反対側へと渡った。

 彼女の後ろ姿へと近いた。

 「先日は申し訳ありませんでした」

 マイウをオフにすると誰にも気づかれないように言った。

 彼女は驚いたように振り向いたが、すぐに視線をステージに戻した。

 「いえ。もう、気にしていませんので」

 そんな事ないだろ? 明らかに声が怒っている。

 「家の方に、不審なことはありませんか?」

 「いえ、特には」

 何かあると言われたら、一大事なのだが。


 「これを持っていてください。不審な人物がいたら、このボタンを押してくだささい。すぐにシステムセンターに警報が届くので」

 さっき用意した、防犯ブザーを差し出した。

 一瞬躊躇したようだったが、手に取った。

 「あっ。ありがとうございます。あなたが近付いてきたら、押しますね」


 彼女が向けた満面の笑みが怖い。
 マジか。この女、絶対押すな。

 それでも、彼女が防犯ラブザーを持ってくれたことに安堵した。もちろん、使う事がない方がいい。

 マイクをオンに戻して、その場を離れた
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