目と目を合わせてからはじめましょう
 彼女は、俺の顔を見ると驚いたように目を開いて、たまたま空いていた俺の前に座った。たまたまなのかは、わからないが。

 もちろん、彼女は俺に話しかけたりなんかしない。あんな事のあったあとで、俺だってかける言葉を見つけられない。


 彼女は、食事を早々に切り上げると、プールへ行くと言い出した。夜のプールに一人なんて考えただけで、胸がザワザワと落ち着かない。

 じいさんが、俺も一緒に行くように言ったが、きっぱりと彼女に断られてしまった。思いもせず、落ち込む自分に驚いた。


 たわいも無い話に盛り上がる声など、全く耳に入らない。このままでいいのだろうか?

 正直、彼女のことをどう思うか?と聞かれて、答えは見つからないままだ。

 ただ、この人達に無理矢理されるのは好かない。
 それに、一度はきちんと彼女に謝りたいと思う。


 俺は、トイレに行くふりをして、席を立った。話に夢中になっているように見えたが、皆がニヤッと笑った事には、気付かないふりをした。

 プールの前で待っていると、水着姿の彼女が来るのが目に入った。夜のプールに一人で行くなんて、やっぱり危険だと思うが、彼女は何も感じていないだろう。

 「おい」

 俺の言葉に彼女は驚いたように振り向いた。


 彼女は、今までの俺との出来事をどう思っているのだろうか? 良い気分はしていないだろう。


 彼女に、じいさん達が企んでいることを打ち明けてみた。
 すると、彼女は興奮して、よくわからない事を話し始めた。

 「どうしよう。このままじゃ、無理矢理に裸にされて、ホテルの部屋に閉じ込められちゃうよ!」

 「えっ?」

 なんだ一体そのストーリーは?

 忘れようとしていた、彼女の胸のシルエットが頭に浮かび上がってきた。

 まずい!

 彼女にここで待つよに伝えると、俺は海パンに着替えに部屋に戻った。


 慌てて戻ったのに、座っていたはずの椅子に、彼女の姿はなかった。
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