目と目を合わせてからはじめましょう
 「いや。乗りかかった船のようなもんだから。そんなに頭下げなくていい」

 雨宮は駐車場の車に向かって歩き出した。

 「ここで大丈夫ですので」

 小走りで、雨宮の元に駆け寄って言った。


 「おい。まさか、家に戻るのか?」

 「ええ。犯人も捕まってますし、セキュリティーもしっかりしてますから」

 いくらなんでも、事件が解決したのに、男の人の家に泊まるわけには行かないでしょ。と言っても、昨夜は泊まってしまったらしいのだけど。

 「それにしたって、まだ、落ち着かないんじゃないのか?」

 「もう、大丈夫です」

 ぺこりと頭を下げると、荷物を取りに駐車場に停めてある車へ向かった。


 「送って行く」

 「でも……」

 「いいから、乗って」

 「はい…… すみません」

 助手席のドアを開けられたので、これ以上断ることも出来なくなった。


 車に乗ったはいいものの、雨宮は口を開かない。

 「あの、近くで降ろしてもらえれば大丈夫です……」

 この雰囲気が気まずくて、言ってみたのだが……

 「……」

 返事が返ってこない。無視されているのか?


 車は、家の近くまで来たが止まる気配はない。

 「防犯ブザーは持っているか?」

 やっと口を開いたかと思ったら、また、ブザーの心配だ。

 「鞄の中にあります」

 「それならいい」

 車は、家の前で止まった。やはり、家の前まで送ってくれたようだ。


 「あの、ご迷惑おかけしました。」

 お礼を言うと、ドアを開けて車から降りた。

 「ああ……」

 雨宮は私と目を合わせることなく言った。


 私は、門の前に立ち深々と頭を下げて、彼の車を見送った。車が段々と小さくなって、角を曲がってしまった、

 あれ?
 なんだろう、この心細い感覚は?


 小さくため息をつくと、玄関のドアへと向かった。

 ドアノブに手をかけた途端、身体中に冷たいものが走って手が動かない。

 どうして?

 昼間だし、さっき戻った時は平気だったのに。庭で音がするわけでも、人の気配があるわけでもないのに。
 怖い。

 体が動かない。

 鍵を差し込もうと思うが、手が震えて思うようにいかない。

 どうしよう……
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