目と目を合わせてからはじめましょう
 警察署では、犯人の動機や事件の背景が説明された。彼女は、犯人も捕まっているし、事件解決としたようだ。

 「おい。まさか、家に戻るのか?」

 「ええ。犯人も捕まってますし、セキュリティーもしっかりしてますから」

 「それにしたって、まだ、落ち着かないんじゃないのか?」

 「もう、大丈夫です」

 彼女は、俺の方へ目も向けず、荷物を取りに車へ向かっているようだ。


 「送っていく」

 「でも……」

 「いいから、乗って」

 なんだか、イラついて彼女を無理やり車に乗せた。

 「はい…… すみません」


 確かに彼女の言う通り、犯人も捕まっているのだから心配はない。家に帰れると言うのなら帰ればいい。それだけの事なのに、なんだかイライラがおさまらない。

 「あの、近くで降ろしてもらえれば大丈夫です……」

 その上、家まで送らせてさえさせてくれない。 俺に送られる事など望んでいないのだと思うと、なんだか寂しくなってきた。

 「……」

 俺は、黙ったまま車を彼女の家の前に止めた。


 「防犯ブザーは持っているか?」

 そんな事しか言えない自分が情けない。本当は、俺は何と言いたかったのだろう? その答えを受け入れるのが怖くて、気付かないふりをしていたのだと思う。

 「鞄の中にあります」

 「それならいい」


 彼女を下ろすと車を走らせた。バックミラーに頭を下げて見送る彼女の姿が映るが、俺にどうしろと言うんだ。



 なんだかモヤモヤしたまま会社へ車を走らせた。昨夜の報告もしなければならないのも確かだが、なんとなく家に戻る気になれなかった。

 「太一ちょっといいか?」

 会社に着くなり、社長から声をかけられ、社長室へ入った。
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