目と目を合わせてからはじめましょう
 「悠矢、どうしたんだ? 爺さんの病院に付き添うんじゃなかったのか?」

 「その予定だったんですけど、急に病院に行くのは辞めたとか言い出して。まあ、いつも気まぐれだから」

 チラリと、今朝の彼女の祖母からの電話の事を思い出したが、口には出さないでおこう。

 「だが、なぜ会社に来たんだ? 研修は来週からだろ?」

 「じいちゃんの用事がないのなら、一日でも早く研修に入りたいと思ったんですけど」

 「そうか。なら、話を通しておくよ」

 「お願いします」

 悠矢は、ぺこりと頭を下げた。


 「なあ、一つ聞きたいんだが、お姉さんと俺のなにをお前は見たんだ?」

 「えっ? 覚えてないんですか? 俺に言わせます?」

 「覚えてないもなにも、心当たりもない」


 「またまたぁ、姉ちゃんの家の玄関で、雨宮さん姉ちゃんの上に乗って…… 雨宮さん、俺にも気づかず盛り上がってましたら。ああ〜 これ以上は俺の口からは、恥ずかしくて……」

 悠矢は両手で顔を覆った。

 「おい、まさか、あの時! なぜ助けなかった?」

 「助ける? いいですって、そんな言い訳。真っ最中に気づかずに、玄関のドアを開けた俺が悪いんですから」

 「いや、違う!」


 「でも雨宮さん、あの姉ちゃんをその気にさせるって、流石ですね。しかも、その日のうちに」

 「だから、違うって言って言っているだろ」

 「そんな事を言っても、俺はこの目で見たんですから」

 悠矢は、生意気にも腕を組んで自信ありげに言う。


 「お前、まさか、誰かに言ってないだろな?」

 「言うわけ無いじゃないですか? でも、湯之原の婆ちゃんも、昨夜は姉ちゃんが雨宮さんのマンションに泊まったとか。ひ孫がどうとか言ってたな。親戚中そんな話で持ちきりですよ」

 「おい! ちゃんよ聞け!」

 「あっ。そろそろ行かなきゃ。研修の事、お願いします」

 俺の言葉を聞くこともせずに、悠矢は行ってしまった。

 悠矢の奴、こんなんでいいのか? 研修、少し厳しくしないとだな。
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