目と目を合わせてからはじめましょう
 仕事を終えてて、マンションに向かう。

 仕事に集中していれば、彼女の事は気にならないはずだと思ったが、そうではなかった。一人で大丈夫なのだろうか? でも、依頼もされてないし、俺が気にすることでもないのは分かってる。そんな事ばかりが、頭の中でぐるぐる回っていた。

 俺は、何を考えているんだ。もし、この気持ちに答えたを見つけたとしても、きっと、不安が膨らんでしまい、苦しいだけだ。
 俺には、苦しみと向き合う自信がない。情けない……

 なぜか、マンションへ向かう足が重い。今朝、パンを買って帰ってきた時の軽やかさがない。ほんの少しだが、しばらく彼女がマンションに居るという生活の期待をしていた気がする。

 何も出来ない俺が、彼女を自分の元で見守ろうなんて考えた事自体が、浅はかだったんだと言い聞かせた。


 エレベーターのドアが開くと、自分の部屋の前に、大きな塊があるのが見えた。なんだあれは?

 近づくにつれて、足が速くなる。

 「おい、どうした?」


 確かに家に送り届けたはずの彼女と荷物が、マンションのドアの前に蹲っている。

 座ったまま顔を上げた彼女の目は、泣き腫らして赤くなっていた。

 「ふえ〜ん」

 突然彼女は立ち上がり、泣きながら俺にしがみついてきた。

 一体、何があったんだ。

 さっきまで、頭の中で並べていた理屈が、一つになった気がする。彼女を目の前にした俺は、この気持ちを抑えることが出来るのか?
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