私はなにも悪くない
2章 羽ばたき 2-2
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「づつうおはよう、今日は仮入部の日だよ?」
カナとの親睦も深めた中学生活は最初のイベント、青春の思い出作りが訪れる。
「なんの部活に入ろうかな、やっぱり身体を動かせる部活が良いな」
運動神経は誰にも負けない自信がある。身体を動かし、人から注目を浴びる事に興奮を覚えている私はとにかくチヤホヤされ、キャーキャー言われたい。
要するに私は、目立ちたがり屋の負けず嫌いなのだ。
「よ~し、今日も健気に自転車漕ぐぞ!体型維持大事、NOT大根足!」
陸上部に入れば自転車に乗らなくて済むだろうか、乙女の可能性は無限大だ。
「ねぇ愛ちゃん放課後って暇、もし暇だったら一緒に部活動見学しない?」
「ふえっ?良いよ。一緒に見ようね」
急な問い掛けに驚くも急ぎ表情を取り繕う、偽りの仮面を着けるのは慣れている。こうして放課後、二人の仮入部巡りが始まったのだった。
「先ずどの部活から見る?」
「う~ん、人気の部活は早い時間だと集中しているだろうし、水泳とかにする?」
「どうせなら全部の部活見たいしね!人が多い所を後回しにするのは賛成!」
仮入部の見学期間は二週間、私達の青春探しのタイムリミットだ。
「夏場に水泳って、贅沢だよねぇ」
「解る~でも冬場は寒そう」
一日が過ぎ。
「陸上部に入れば自転車通学が苦にならなくなるかね」
「え~ただでさえ通学で疲れるのに走るのなんて無理~」
一週間が過ぎ。
「私、吹奏楽部に憧れてるの~」
「えっ?カナって楽器吹けるの?」
「吹けないよ?憧れてるだけ」
「なにそれ、駄目じゃん!」
仮入部のタイムリミット、二週間目の最終日を迎える。
「う~ん、やっぱソフトテニスかなぁ」
「今の所だとそうだよね、ここが最後の部活かぁ」
校内の人気を二分するどちらかの部活には入部したい、私達は部室の門を叩いた。
「バレー部にだけは絶対に入らない!!」
「あっ、愛ちゃん大丈夫?」
私にはバレエの才能はあっても、バレーの才能は無かったのだ。
ボールの跡が付くほどに傷物となる私の頭、もしこれがサッカーなら何点取れたことだろう。心が折れ、傷モノの頭をぐしゃぐしゃと優しく撫でる。もうバレーボールは見たくない。
「バレー、向いてないのかもね」
「もう二度とやらない!」
泣き言を吐きながらソフトテニス部の門を叩く。明日から青春の物語が綴られ、私の人生に様々な思い出と言う栞が挟まるのだ。
「ねぇ愛ちゃん!」
「んぇ~?何?」
「一緒にダブルス!組もうね」
「別に良いよ?これからよろしくね」
人生で一度しか訪れない中学三年間、前を向き続ける私の辞書に不可能と言う文字は無い。
「ソフトテニス部に入るならお父さんに頼んでラケット買わないと」
不穏な言葉をカナが呟く。
「えっラケットって自分で買わなきゃいけないの?」
青春は一ページ目から躓き、私の辞書に不可能と言う文字が綴られる。
「ラケットかぁ、やっぱりお父さんに話すしかないのかなぁ…」
後ろ向きな言葉しか検索出来ない辞書、意気消沈し苦悶の表情を浮かべた私は、さぞ卑屈な顔をしているだろう。それほどまでに子供の私は大人のお父さんには逆らえないのだ。
「ただいまぁ」
重い足取りで帰宅すると玄関には一足の革靴が。お父さんの革靴、避けて通る事は出来ない。私は半ば諦めるかのように恐る恐る、晩酌中のお父さんに部活動の話を持ち掛けた。
「お父さん、今お話しの方宜しいでしょうか…」
「なんだ、今必要な話か」
会話の主導権はお父さん、夏木家はお父さんで成り立っている。
「はい、部活動の話がしたくて。ソフトテニス部に入りたいんです。それで、その…」
言葉が途切れ途切れになる、緊迫した空気が私の身体を重苦しく包む。
「ラケットを買いたいので、お金を出して貰えないでしょうか」
続く沈黙。心が澱み、キリキリと締め付けられる。お父さんは私を見下ろしたまま動かない。何分経っただろうか、長い静寂がようやく解けた。
「お前の人生においてソフトテニスは必要なのか?」
部活動一つでそこまで問い詰められるのか、負の感情が津波のように心の器から溢れていく。
「必要…です。交友関係を広げられる部活動は人生の財産となります」
耳触りの良い言葉を並べ印象を取り繕う、無駄を嫌うお父さんは私がマトモに生き、マトモに働き、マトモな結婚をする事を常々私に躾けて来た。私はお父さんが導いたレールの上を歩きながら、お父さんに生かされているのだ。
「勉学に支障は無いのか?」
「その点は問題ありません。両立させてみせます」
「夏木家の一人娘である以上、頭の悪い子供に育てるつもりは無い。間違っても障碍者や売女のような人の道を外れた人間にはならないように」
お父さんが求める夏木家の普通は良い高校に入学し、良い大学に入学し、良い会社へと就職する。社会の成功者であり強者のお父さんからしたら頭の悪い大卒以外の人間、そして障碍者や売女と言った弱者は生きる資格が無い社会の癌だとお父さんは考えている。
「私はお父さんの子供であり夏木家の一人娘です。社会の爪弾き、弱者にはなりません」
弱者を世界から排除する思考のお父さんは私が弱者になる事を許さない、お父さんが絶対的存在である夏木家は弱者の子供が強者の大人に逆らう事を許さない。
「…及第点だな、次はもう少し上手く纏めるように」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」
お父さんに深々と頭を下げピリ付いた空気も終わりを迎える、財布から二万円を取り出し、私の目を見ず投げ付ける。
「これで足りるだろ」
「はい、ありがとうございました」
視界に小さく映る大人の背中。緊張からの緩和、づつうには聞いて欲しい事が山ほどある。
「あのね?づつう、今日はどの部活に入るか決めてね?…」
弱者二人が織り成す家族の会話は、共に深い眠りへと付くまで続けられたのであった。