私はなにも悪くない

1章 鳥籠 1-4






「ねぇねぇ、今日皆でゲームしない?」

 

クラスの子供が私に声を掛けて来る、きっと今流行りの奴だろう。



「愛ちゃんもゲーム持ってる?持ってたら一緒にやろうよ!」



「あぁ~、私の家はお父さんが厳しいからゲームとか買って貰えないんだ。誘ってくれたのにごめんね」



「そうなんだ、こっちこそごめんね?」



厳格なお父さんに躾けられた私はゲームをやった事が無い。あるとしたら幼稚園で遊ぶパズル程度だろうか。故にこの手の話題に参加する資格を持ち合わせていない。必然的に交友関係は限られてしまうが問題ない。私にはバレエと先生があれば充分なのだから。



先生の下でレッスンを受け、自宅でのトレーニングを欠かさぬ日々。自分磨きは怠らない、全ては大好きな先生と踊る為。私の人生、たった十年の物語であっても夢と目標は大きく抱きたい物なのだ。



「ここまで絞れたら来月の発表会には間に合いそう。待っててね、先生」

 

風呂上がりに映ろうボディーチェック。引き締まった身体がピンと伸びた背筋とくびれた腰つきを投影する。客観的に見てもこれ程までに美しいスタイルをした女性は先ず居ないだろう。努力を惜しまず尽くした成果に喜びを隠せない。





「やっぱ私って大人っぽくて色っぽい?『ましょうの女』みたい!」





鏡の前でポーズを取る。頬は緩み、愉悦に浸る。自己の肯定は己の力となり、色香を纏う微笑みは大きな武器となる。



「ねぇづつう、私って可愛いよね?」



「うん、愛ちゃんは可愛いよ?」



風呂上がりに行う自作自演の一人芝居。私の話を聴き入れて、離れず傍に居てくれる。可愛いと常に肯定し、手を差し伸べる味方となる。そんな王子様を私はずっと待っている。



「今はづつうで我慢してあげる、だから待っててね?私の王子様」

 

物語の主役まであと少し、私から逃げないよう確りと手を差し伸べるだけの準備は整った。運命の日は明日、訪れる。



「おやすみ…づつう」





ヒロインに、主役になるために。私は仮初の王子様に優しくキスをしたのだった。



「夏木ちゃんおはよう、身体の方相当絞れてるね。今日の発表会は気合が入っているのかな?」



レッスン前のご褒美。「私の身体が絞れている事に気付いてくれた!」色めき立つ心を必死に抑える。



「だってコンサートホールでしょ?大勢の人に見られる訳だから気合も入るよ」

 

今回の会場は公民館ではなく他教室と合同開催のコンサートホール、観客数の規模も違う数年に一度のビッグイベント。そんな大舞台で先生の相方になる事は私にとって特別であり、絶対に先生と主役として並んで踊りたいのだ。



「1,2,3,4、足並み揃えて~目線意識!」



先生の背中を追う二時間のレッスン、普段なら短いこの時間がとても長く感じられるかのよう。私は最後まで踊り続けたい、一分一秒を惜しんだが為に反省と後悔をしたくはない。



「それでは皆さん、今日のレッスンはこれで終了です」

 

私は最後まで微笑みながら、翼を広げ舞い続けた。



「では皆さん、配役の説明をするので集まって下さいね」

 

緊迫する時間、負けず嫌いの私がやれる事はすべてやった。



「お願いします神様、私を先生と一緒に踊らせて?」



掲示板に貼り出された配役一覧を見上げた私は、自分の名前を探し続ける。



「夏木愛、夏木愛……あっ、あった」



下から上へと見上げた私の名前は、







「 主役二名 ヒロイン役 夏木愛 」







一番上に、書かれていた。



「やぁあったあぁぁぁ~~!!」



喜び、嬉しさ、幸福、幸せの感情を全て爆発させる。王子様の傍にいるヒロイン、今の私は、世界で一番の「幸せモノ」なのだ。



「夏木ちゃんおめでとう。これから残り一ヶ月、相方として二人の練習頑張ろうね?」



「うん!これから宜しくね、私の大好きな王子様?」



この先私にとって幸せな日が毎日更新される事だろう。私の足取りは自然と軽くなっていた。







「さ~いった~ぁ!さ~いった~ぁ!」







声を出し一人暗い夜道を歩く。風の音は口笛を鳴らすように祝福し、街灯はパチパチと拍手するかのよう。自宅までの道のりには私の高揚心を増幅させる物が沢山ある。まるで翼でも生えたかのように踊り跳ねる私、歯車の狂った体内時計は分針が動かないかと思えるほどにこの幸せな時間はあっと言う間に過ぎ去ったのだった。



「たっだいま」



玄関に並ぶ靴、風呂場で揺れる人影は私の心を映すかのよう。踵を返した私は一人、食事を取りに足を運ぶ。



「今日のご飯はっと。牛丼だ、やったね。今日はやっぱり運が良い日だなぁ」



食べ慣れたチェーン店の牛丼を暖め頬張る。ゴミ箱に捨てられた二人前の牛丼とポテトサラダの容器が視界に映るも気にしない。今日の私は機嫌が良いのだ。



「づつう聴いて?今日は良い事あったんだよ!」



食後の日課である親友との会話、づつうには聴いて欲しい事が山ほどある。一日の出来事を聴き続けるづつうに拒否権はない。何故ならづつうは仮初とは言え私の王子様なのだから。



「あのねあのね!今日バレエ教室に行ってきたの、そこでなんと…じゃじゃ~ん!私が主役、ヒロインに選ばれました~!パチパチパチ。凄くない?大金星って奴?あっ、でも私ってさ、スタイル良いし?やっぱ持って産まれた才能が開花しちゃったのかなぁなんて?まぁ多少は努力したかもしれないけど?」





「と に か く !私が主役だよ?ヒロインだよ?褒めて!」





一番信頼する親友のづつうに話し続ける。回り続ける舌、年頃の乙女はお喋りなのだ。



「今日は本当に良い一日だった!また明日も私の話を聴いてね?づつう」







「私の話を聴いてくれるのはづつうだけだからさ」









何時間話したのだろうか、疲れ切った私達は抱き合うように眠りについたのだった。


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