青春は、数学に染まる。 - Second -
新入部員と副顧問
「真帆、数学科準備室行くよー!」
「…本気?」
「本気だって~」
放課後、終礼が終わると同時に飛んできた有紗。
その顔はワクワクに満ちている。
「16時半くらいに学校から出れば空手に間に合うの。だからそれまで活動するよ!」
「有紗と一緒なのは嬉しいけど、本当に無理をして欲しくない」
「全然無理なんてしていないんだから!!!」
有紗と笑いながら教室を出る。
いつものように生徒に囲まれていた浅野先生が、教壇からこちらを見ていたことには…気付かないフリをして…。
数学科準備室に着き、早川先生側の扉をノックする。
「どうぞ」
先生は、既に来ていたみたい。
「先生、こんにちは」
「やっほー」
「こんにちは、藤原さんに的場さん」
部屋に入り扉を閉めると、早川先生は立ち上がってソファに座るよう促した。
そして有紗の前に1枚の紙を置く。
「的場さん、本当に入部しますか?」
「もちろんです、嘘は言いません!! ただ、16時半までしか活動できませんが、ここで頑張らせて下さい!! 数学の勉強がしたいんです!!!!」
有紗、迫真の演技。
しかし、先生には効かない。
早川先生は目を細めて溜息をついた。
「本当は数学の勉強なんてしたくないくせに…。嘘も休み休み言ってください」
「え、バレた?」
「バレます。けれど…感謝します。ようこそ、数学補習同好会へ」
そう言って私に手を差し伸べてきた。
私は無言で人差し指を差し出す。すると先生はその指を優しく掴んだ。
「いや、握手私じゃないんかーい!!!!!!」
有紗は勢いよく立ち上がって天井に向かって吠えた。
いやぁ…面白い。
先生も、有紗も。
「藤原さんの人差し指、温かいです」
「人差し指だけで体温を感じるなんて凄いですね…」
先生は私の指をにぎにぎする。
それを見た有紗がまた吠える。
「…いや、私いるけど!? また蚊帳の外じゃないー!!!」
有紗の叫び声が数学科準備室に響いた。
「あ、そういえば的場さん。言い忘れておりました。的場さんのお勉強は浅野先生が担当することになりました。浅野先生も軽音部の掛け持ちで、長い時間居られませんから丁度いいです」
「お! 浅野先生も顧問にしたんだ!」
「しつこかったので」
早川先生、昨日の件解決させたんだ。
有紗が提案してくれた計画通りに事が進んでいる。いい感じ。
「先生、部員を増やす件はどうなりましたか?」
「あれは拒否しました。僕は少人数の生徒にしっかりとより細かく指導をするために、この数学補習同好会の活動を行っておりますので。大人数の生徒は不要なのです。そしてそれを浅野先生にもご理解頂きました」
「ふ、ふふふふ」
平然と嘘を言う早川先生。
思わず、笑ってしまった。
「何で笑っているのですか…」
「いや、伊東先生が作った数学補習同好会。創設当初はあんなにも嫌がっていたのに、今はそんな嘘をついてまで同好会を維持したいなんて…面白すぎます」
「嘘ではありません。後付けした設定です」
「それを嘘と言うのですよ」
先生と目を合わせて、お互いに微笑み合う。
「なんか、自然だね…2人とも…」
「…え?」
有紗が真顔で呟くようにそう言う。
どういうことか聞き返そうと思ったが、こちらに向かってくる足音が聞こえて来たため言葉を継ぐのを止めた。
その足音は扉の前で止まり、ノックが鳴り響く。
「早川先生、浅野です!」
「どうぞ」
勢いよく扉が開き、浅野先生が入ってきた。
「失礼します…あぁ!! 新入部員って的場さんだったのですね! いやぁ僕の生徒に勉強熱心な子が居て嬉しいよ!! 藤原さんに的場さん…いやぁ誇らしい。僕は2人が大好き!!」
早速、早川先生から怒りのオーラが滲み出ている。
落ち着いて、先生!!!!
「私の勉強を浅野先生が教えてくれるんだよねー。先生に勉強を教えて貰えるなんてレアだね!」
「2年2組の中で唯一、的場さんだけだからレアだよ!! 藤原さんも僕から教わりたかったらいつでも言ってよ!!」
「その必要はありません。1年生のテストで全て赤点だった藤原さんは、僕の担当です。浅野先生には手が負えません」
いや、ちょっと待って。
サラッと恥ずかしいこと言わないでよ!!!!
それを聞いた浅野先生は驚いた顔をしてこちらを見た。
「全て赤点!? あ、僕担任なのに1年の頃の成績はまだ把握しきれていなくて…。いや、びっくりした。そうか…それは確かに…早川先生もしっかり指導しないといけないですね。へぇ…なるほど…」
「浅野先生の反応に傷付きます」
頬を膨らませてそう言うと、部屋に居たみんなが笑った。
私の赤点が話題の中心なのは納得いかないけれど。
取り敢えず…浅野先生の問題は解決したということで良いのかな。