青春は、数学に染まる。 - Second -
夜景
ハイカロリー祭り。
大好きな人と食べるピザはより一層美味しい。
ピザを食べながら悶々と考える。
先生のご両親のこと。
悩みは学校のことだけかと思っていたが、それだけでは無かったことに罪悪感を覚える。
気付いてあげられなかった。
新学期入ってからの先生の様子は、全てSOSだったに違いないのに…。
「真帆さん、どうしましたか?」
「…え?」
「お顔が曇っています」
「いえ…何でも無いです。ピザ、美味しいですね!」
先生はピザを齧りながら少し首を傾げた。
「真帆さん…。食べたらドライブに行きませんか。そのまま、家までお送ります」
「行きます。楽しみ…!」
胸の前で手を合わせて先生に微笑んでみる。
そんな私を見て、また先生も優しそうに微笑んだ。
時刻は19時を過ぎていた。
外は暗くなっている。
「適当に市内を走りますね」
「はい、お願いします」
ゆっくりと車を発進させ、私の家とは逆方向に進んでいく。
住宅街を抜けて段々と街中に入って行った。
「裕哉さん…」
「どうしましたか」
「いや…その、えっと…。すみませんでした」
「どうして真帆さんが謝るのですか」
私は外の風景を見ながら言葉を継ぐ。
「ずっと一緒にいたのに、私は裕哉さんの心情に気付かなかった。なんか、不甲斐ないです」
「そんなことありません」
先生は左手で私の右手を優しく握った。
「大体、言わなかった僕が悪いです。…両親が事故に遭ってから…“いつも通り”を装うので必死でした。学校ではいつも通り“先生”をして、仕事を淡々とこなす毎日。そんな僕に生き甲斐を与えてくれたのは、紛れもない真帆さんです」
「……」
「他の科目は高点数なのに、数学だけ赤点なのが面白くて。真帆さんには申し訳ありませんが、最初の頃から補習をするのが楽しみでした。好きになってしまい、感情が抑えられなくなるとまでは思っておりませんでしたが」
信号で停車したタイミングで、先生は私の方を向く。
驚くほど優しい表情をしていた。
「真帆さんが傍に居てくれたから、今の僕がいます。だから真帆さんが謝る必要もないし、不甲斐ないとか…そんなことは全くありません」
しばらく車は走り続け、ある場所の駐車場で停車した。
「…ここは?」
「僕のお気に入りスポットです」
真っ暗だ。僅かな街灯が周囲を照らす。
私は車から降りて先生と手を繋いで歩き始めた。
「真っ暗ですね」
「山間ですから」
少し歩くと目の前に階段が見えた。その階段を上りきると、目の前に明かりが広がる。
「わぁ…!! 綺麗!!」
いつの間に山に登っていたのだろうか。
この場所からは市内が一望できる。店や家などの明かりでキラキラと輝いていた。
「学校から見る夜景も好きですけど、住んでいる地元の夜景も好きなのです。考え事をしたいとき、ここに来ます」
先生の顔を見上げる。
その目は夜景の光が反射してキラキラと輝いていた。
学校でも、2回先生と夜景を見た。
1回目は付き合う前。私が教室に残って板書を写していた時の帰り。
2回目は…お互い思いを伝えた日。
「真帆さん、本当はショッピングセンターとかに行けたら楽しいのでしょうけど…。すみません、僕が教師だから難しくて。誰もいないところで夜景を見るとか、そんなことしかできません」
「そんな謝らないで下さい。別に…お店へ遊びに行くのが全てではありませんし…私も好きです、夜景」
ベンチに腰を掛けて2人で夜景を眺めた。
穏やかな時間に胸が熱くなる。
「今日、裕哉さんを元気づけたいと…ずっと考えていました。少しは元気になりましたか?」
「もちろんです。お弁当も本当に嬉しかったです。ありがとうございました」
先生の左腕に抱きついてみた。細そうに見えるが、意外と肉付きが良い。
「寒くないですか」
「はい、寒くないです」
穏やかに過ぎる時間。
先生は周りに誰もいないことを確認して、そっと唇を重ねてきた。
「また一緒に過ごしましょうね」
「はい。…裕哉さん、好きです」
「いや…僕の方がもっと好きです」
「出た、好きの気持ちに上も下もありませんよ」
「常に真帆さんの気持ちを上回っていたく思います」
謎の対抗心をむき出しの先生。面白すぎて思わず笑いが零れた。
「そろそろ、帰りましょうか」
「はい」
また手を繋ぎながら車に向かった。
「手を離すのは…名残惜しいです」
「こうやってずっと、握っていたいです…」
こんなにも誰か1人を愛おしく思うなんて。私の人生で初めての経験だ。
私、先生のことを好きになって良かった。
今更そんなことを思った。