青春は、数学に染まる。 - Second -



「あ、あぁ!!! 真帆、真帆!!!!!」
「藤原さん!!!!」


暫くボーッとしていると、バタバタと走る音が聞こえてきた。



私を呼ぶ声に応えるように、そっと右手を挙げる。






「真帆!! 何で!? 何で~!!!!」
「真帆さん、大丈夫ですか!!」



ゆっくりと誰かの腕が近付き、体を抱えられる。

見えてきたその腕の主は、早川先生だった。




「どうしてここが…」
「的場さんが探し回ってくれたのです」



先生はポケットからハンカチを取り出し、そっと私の顔を拭いてくれる。

気付かなかったけれど、かなり血が出ていたみたい。



「さっき探していたらね、真帆を連れて行った女子4人と昇降口ですれ違ったからさぁ…真帆をどこにやったのか尋問したの。そしたらここに居るって聞いてさ…。しかし、あいつら…真帆になんてことしてくれたの…!!!! おいコラ、神崎!!! お前、どう落とし前付けるんだよ!!!」
「……」



先生の隣に有紗。
そして、少し離れた場所に神崎くんが立っていた。




「……ごめん、藤原さん。ごめん…」
「ごめんじゃ済まないわよ!!! だから真帆に関わるなって、あれだけ言ったじゃない!!」



有紗も鞄からハンカチを取り出して、私の足など血が出ている箇所を拭いてくれた。



「真帆さん…抵抗しなかったのですか」
「だって、裕哉さん…。私も手を出したら負けじゃないですか…」
「……意味が分かりません。やられてやり返すのは負けじゃない。正当防衛です」



抱き締めてくれている腕に力が加わる。
先生の手は、少しだけ震えていた。


「…さっき、的場さんから…真帆さんが連れて行かれたと聞いて、血の気が引く思いをしました。僕、いつも言っているではありませんか。真帆さんは優しすぎます。呑気に着いて行かず、まずは人を疑った方が良いですよ」
「ごめんね、真帆も先生も。私、動揺しちゃって…連れて行かれる真帆に対して何も出来なかった」


2人とも目に涙が浮かんでいる。
そんな2人の顔を見ると、私も涙が込み上げてきた。



先生は軽く目元を拭って、私の胸に顔をうずめる。



「…耐えられません。真帆さんが何をしたと言うのですか…」
「ほんと…本当にそうだよ…。……そもそも…悪いのは全部神崎なんだから!!! あんた、突っ立ってないで何か言いなさいよ!!」



私から神崎くんの表情は見えないが、消えそうな小さな声が聞こえてきた。



「藤原さん、本当にごめんなさい。…あの人たちがそんなことするなんて、全く想像もしていなかった。俺も許せないよ…あの4人のこと。…ちゃんと、ケジメは付ける。本当、本当にごめんなさい」



先生の震えが強くなる。
感情は読めないが、何かを堪えている感じがした。



「ねぇ神崎。真帆に二度と関わらないって約束しなよ。今ここで」
「……」
「ほら、黙ってないでさ。早く約束しな。誰のせいだと思ってんの?」
「……」



有紗にそう促されるも、神崎くんは何も言わない。



「ほら、言えよ!!!!」
「…良いです。的場さん」







「…はぁ」



私の胸に顔をうずめたままの先生は、小さく溜息をついて顔を上げた。


「神崎くん。流石に気付きましたよね。僕と真帆さんの関係」


顔を上げ、前髪の七三分けをくしゃくしゃと崩して眼鏡を外す。
目の前にはオフモードの先生が現れた。


神崎くんは言葉を詰まらせながら、ゆっくりと言葉を継ぐ。



「…え…。お、お兄さん…?」
「いいえ、違います。真帆さんの彼氏です」


「…ちょっと待ってよ。情報が多すぎて分からない…。さっきのやり取りを聞くに、早川先生と藤原さんは付き合っていて…。そして、俺がお兄さんだと思っていた人は早川先生だった…ってこと?」
「そうです」
「嘘だ…。いやでも、確かに…お兄さんにしては顔が似ていないとは思っていたよ。けれど、早川先生だったなんて…ショック……」


それを聞いた先生は眼鏡だけを掛けて、睨むような目付きで神崎くんに視線を向ける。


「ご理解頂けたところで本題です。さて、直接では無いとは言え、僕の大切な人に危害を加えたことには変わりません。どうしてくれるのですか」
「………」
「神崎くん。真帆さんのことを好きとか付き合おうとか言いますけれど、こんなボロボロの真帆さんを見ても貴方は駆け寄りませんでしたよね。貴方のお友達がやったのですよ。何も思いませんでしたか? …それなのにしつこく真帆さんに言い寄って………」


震えながら言葉を詰まらす先生。
深呼吸をし、ゆっくりと唾を飲み込んで神崎くんへの言葉を継いだ。


「………僕からすれば、今ここで突っ立ったままの男が何を言ってんだという感じです」

「………」



神崎くんは何も言わない。
黙り込んだまま一点を見つめている。







「…けどまぁ、もう良いです」


先生はもう一度溜息をついて、私を抱えたまま立ち上がった。


「…真帆さん、傷口の消毒に行きましょう。的場さんは真帆さんの鞄を持って一緒に来て下さい」
「はい」





先生が立ったことによって、神崎くんの表情が見えた。

その目からは涙が零れていた…。







「…そうだ、神崎くん。ついでなのでもう1つお教えします。貴方が赤点を取ったあの補習の時、僕と真帆さんは既にお付き合いをしておりました。残念ながら、貴方は全てにおいて出遅れていたのです」





最後の最後にとんでもない発言をした。
それも言うのか…。



私が神崎くんについてきた嘘が一瞬でバレる瞬間。




「え、待って。そんな……そんな、だって藤原さん…彼氏いないって言っていたし、この前…早川先生のことが好きって言った時も…片思いって話じゃなかった!?」

「……神崎は馬鹿だね。先生と付き合っているなんて、普通に考えて言えるはずがないでしょうが。先生との関係を守る為の嘘だよ。あと、早川先生のことが好きって言った時、別に片思いだとは一言も言ってないけどね。前から思っていたけど、ホント神崎って真帆のこと何も考えていないし、何も分かっていないよ。少しは早川先生のことを見習ったら?」



有紗はそう言い放って、校舎の方へ歩き出した。




「……そういうことなので。もう二度と真帆さんに関わらないで下さい」



先生も有紗の少し後ろを歩き始める。


「…………」




神崎くんは一点を見つめたまま、その場に立ち尽くしていた。








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