青春は、数学に染まる。 - Second -
言えなかったこと
「そうでした…今日は睦月先生いないのでした」
保健室は電気がついておらず、中には誰もいなかった。
こんな状況でも、それを少し嬉しいと感じてしまった…。
睦月先生と早川先生、仲が良さそうだったし…そもそも、悲しんでいる私を見て微笑んでいた時のことをまだ許していない。
先生は私をベッドに優しく降ろしてくれた。
…全身が痛い。
特に重い一撃を食らったお腹は激痛だ。
「消毒液を探してきます。少々お待ち下さい」
「…はい」
有紗はベッドの足元に鞄を置き、横にあった椅子に腰掛ける。
その目は今も潤んでいた。
「真帆…真帆…」
「有紗、もう大丈夫だから。ありがとうね、来てくれて」
「大丈夫なわけないよ…。そんな血塗れになるなんて、普通じゃ有り得ないから…。取り巻きたちはどんな脳みそしてんのよ…」
「私は神崎くんに興味が無いって、何回言っても理解してくれなかったの。多分、私たちと思考が違うんだよ…」
やばいなぁ。
声を出すだけでも体が痛む。
こんなの、本当に普通じゃ無い。
「真帆さん、お待たせしました」
「…裕哉さん」
いつもの理性がどこかへ飛んでいる私は、学校なのに先生のことを名前で呼んでしまっていた。
先生は消毒液や湿布、ガーゼなどが入ったカゴを持って、ベッドの縁に座る。
そのまま私の顔を見て、強く唇を噛みしめた。
「的場さん、すみません」
「……」
有紗に謝罪をして私を優しく抱き締める先生。
いつもの有紗なら冗談の1つや2つ言うのだろうが、今日は無言で頷きながら涙を零していた。
「ねぇ、真帆さん。僕言いましたよね…。悩みごとは話してくださいと。神崎くんのことで悩んでいたのでしょう。…2年生になってからも言い寄られていたなんて、真帆さん一言も言わなかったから…気付かなかったではありませんか」
優しく、凄く優しく背中を撫でてくれる。
その先生の手は冷え切っていた。
「…ごめんなさい。神崎くんのことなので、言えませんでした…」
「まぁ、そんなところでしょうね。…僕に嘘をついてまで『解決した』なんて言うから。だから、こうなる前に防げなかった。……あのさ、お願いだから…僕には嘘をつかないでよ。何でも話してよ。子供みたいで頼りないかもしれないけれど、それでも…僕を頼って欲しい……。真帆さんを守るのは、僕だ」
先生から敬語が消えた。
それは理性を通さずに出てきた、裕哉さん自身の…心からの叫び……そう感じた。
「…ごめんなさい、ごめんなさい…」
「…大切な人の傷は、もう…見たくないから…」
有紗はタオルで顔を覆って泣いている。
先生も私も、ここが学校だと言うことを忘れて、抱き合ったまま暫く泣き続けていた。