青春は、数学に染まる。 - Second -

昼休みはいつも通り有紗と中庭にやってきた。
ベンチに座っているだけでも汗が噴き出すくらい暑い。


「私が休んだ時、有紗はどこで昼を過ごしているの?」
「え、ここだよ! 一人でもここにいる! …寂しいけどね」




まぁ、そうか。
もし有紗が休んだら、私も変わらずここに来るだろう。




「ところでさ、朝の浅野は何だったの!?」




朝の浅野。あさの、あさの。



「ふふ」
「え、何!?」
「ダジャレみたい」
「え、待ってそんなつもりは無かったけれど…本当だ!!!」



有紗はツボにはまってしまったようだ。
笑いが止まらなくなった。


「ハハハハハ!! もう無理だ、顔見たら笑ってしまう!!」
「浅野先生に罪はないけれどね」




面白い。
有紗と一緒にいると本当に退屈しない。









「…藤原さん、的場さん」
「ん?」
「え、先生」
「こんにちは」






早川先生だ。






先生は普通に中庭に来て、普通に私たちの隣のベンチに座った。

そして、手に持っていたいちごミルクを普通に飲み始める。




「え、何で?」
「何故でしょうね」






あまりに普通過ぎて、思わず脳がフリーズした。






…何でここに先生が来たの?





「というか何でここに居ることが分かったの!? まさか、ストーカーしてたんじゃないの!?」
「的場さん、怒りますよ」





早川先生は背中側の校舎に視線を向けて、上を指さした。





「ここの4階。この真上は数学科準備室です」
「え、そうなの?」






…この真上。





え、もしかして。
上を向いたら誰かがこちらを見ていたことがあるが…。



「それって、早川先生だった!?」
「…え、何ですか」
「上を向いたら人が覗いていたことがありました…」
「そういえば真帆言っていたね」
「もしかして、その人って早川先生で…ずっと私たちを上から見ていたってこと…!?」




先生はストローを咥えていちごミルクを飲む。
目を少しキョロキョロとさせた後、小声で言った。





「………お二人の昼休みを観察し始めて、1年が経ちました」




「えぇ!!??」
「うわ!!! やっぱりストーカーじゃない!!!!」



怖い!!!
やっぱりそうだったのか!!!



「ストーカーだなんて人聞きの悪いこと言わないで下さい。観察です。…数学科準備室からここが見えること、本当は卒業まで黙っておく予定でしたが…見ていることがバレたなら仕方ありません」

「えぇ………」




早川先生って本当…どこで話を聞いているか分からないし、どこで見ているかも分からない。



あまり変なことはできないな…。




「…で、今日はどうされたんですか」
「あぁ…そうでした。ご報告に来ました。…あの4人、半月の停学になりました。神崎くんは1週間です」





停学…。
まぁ、そう簡単に退学にはならんか。

私1人が殴られたくらいでは。




「神崎くんがすぐに復学するのは癪ですが、神崎くん自身は何もしておりませんからね。仕方ありません。…もし何かあれば、必ず僕に報告することをお約束して下さい」
「…はい、分かりました…」
「あと、今朝の話です。浅野先生とは何をしていたのでしょうか?」




……あぁ、やっぱり。その話も切り出すよね。

先生の驚いたような表情が、今でも脳裏に焼き付いている。





「…あれは…何で担任の僕ではなくて早川先生に報告したのか、と聞かれました」
「………そうですか。彼もしょうもないですね」




先生は少しズレた眼鏡を押し上げて、いちごミルクを飲んだ。


何か言いたげな表情をしていたが、先生が言葉を継ぐことは無かった。






「ふふーん」



そんな私たちの様子を無言で見ていた有紗は、ニヤッと笑って先生を見る。‬





「いやぁ、先生。その言い方、何だか彼氏みたいよ?」



「…あ……有紗…」




有紗は何かを企んでいるような笑顔を浮かべた。
先生は無表情のまま有紗をチラッと見て、正面に視線を向ける。



「………」



そして表情を変えないまま、ベンチから立ち上がって小声で言った。




「………彼氏ですけど、何か」





そしてこちらを一切見ずに、そのまま歩いて校舎に戻って行った。






「有紗…あんまり先生を虐めないでよ…」
「いや、ごめん。教師の仮面が取れそうで取れない感じが面白くて」
「…言いたいことは分かるけれど…」






先生、あれかな。
結果を早く報告したくてわざわざ来たのかな。






多分、私の為に頑張ってくれたんだよね。

愛おしいな、先生。









そんなことを思っていると、予鈴が鳴り始めた。





「げ、もう予鈴!?」
「早い!」
「次国語だ、急がなきゃ!」
「あの先生遅刻すると煩いからねぇ~…」





急いで飲み物を飲み干して、校舎の入り口に向かう。





中庭にいた鳥たちが私たちを笑うかのように、大きな声で鳴いていた。










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