青春は、数学に染まる。 - Second -
浅野先生と数学
朝起きると、早川先生からメッセージが届いていた。
『藤原さん、寝てしまい大変申し訳ございませんでした。先程目覚めました。コートはまた明日お返ししますので、必ず来てください。お待ちしております』
メッセージの届いた時間は21時45分となっている。
まさか、そんな時間まで寝たとか無いよね…?
「真帆、おはよー!」
「おはよう有紗」
有紗とはご近所さん。有紗は部活を辞めてから、毎朝家まで私を迎えに来てくれるようになった。
「真帆、コートは?」
「早川先生のところ」
「何で!?」
キャッキャッと声を上げながら駅へ向かう。
昨日の話を聞いた有紗は、私の肩を笑いながら叩いた。
しかし、コートが無くても暖かい。
まぁもう、春だしね。
駅に咲いている桜の花びらは散り始め、ピンクから緑に移り変わり始めていた。
学校には始業の15分前に着く。
昇降口には、立哨当番の先生が複数人立っていた。
「おはようございます」
立っている先生たちの中に、眠そうな人が1人。
「早川先生、おはよー」
「おはようございます…」
「…おはようございます。藤原さん、的場さん」
有紗はニヤニヤしながら先生の顔を覗き込む。
さっき、昨日の話をしたからな。有紗は凄く楽しそう。
「ほら、真帆」
有紗に促され、私も真似をして覗き込んでみる。先生は小さく口を尖らせて、目線を逸らした。
先生、可愛い。
先生の髪が少しだけ跳ねていた。
「真帆、面白いね!」
「あまり先生をからかわないでよ…」
「いやぁ…つい、面白くて!」
「もう…」
有紗の腕に抱きつきながら教室に入る。
「ねぇ浅野先生! どんな子がタイプなの!?」
「ははは!! 清楚で大人しい子!」
「それ私ら該当する!?」
「今から清楚で大人しくなれば行けるんじゃね!?」
教室に入ると、もう浅野先生が居た。
そして先生の周りを、ラクダ色のカーディガンを着た集団が取り囲んでいる。
「真帆、伊東の時に見た光景だね」
「…うん」
前任の伊東も女子生徒に囲まれていた。
その時の光景が重なる。
どうしよう、こんな人が担任だなんて。
「私、3組に行きたい」
「早川先生のクラスだったら、毎日ハッピーだったのにね」
「うん…」
小声でそんな会話をしていると、始業のチャイムが鳴り響いた。
「はい、おはようございます! 早速、点呼を取りますよー!!」
明るく元気な声を上げる浅野先生。
そんな様子を見ながらざわついている女子。
浅野先生、どこが良いのか分からないよ。
私は耳を澄ましてみる。
席が後ろの私は、耳を澄ませば3組の声も聞こえてくる。
…早川先生。
そこにいたかった…。
「…真帆、真帆!」
「え?」
「点呼!」
意識が隣のクラスに行っていた。
点呼で私の名前、呼ばれていたんだ。
「藤原さん、大丈夫ですか? 改めて、藤原真帆さん!」
「は、はい。すみません」
クラスから笑いが沸き起こる。
温かいクラスで良かったけれど、いけない。気を付けなければ…。
ホームルームが終わると、有紗が跳んできた。
「真帆、どうした!? 名前呼ばれても反応しない真帆、面白すぎるんだけど!」
「他所事考えていたかも」
「心は3組?」
「…言わないで」
ニヤニヤが止まらない有紗。小声で周りに聞こえないように言葉を発する。
「隣から何か聞こえた?」
「名前を呼ぶ声」
早川先生の点呼の声が微かに聞こえてきた。
私も、そこに居たかったなぁ。
ていうかやばい、どうすることも出来ない感情で胸がいっぱいになっている。どうにもならないのに。
「藤原さん、おはよ」
「神崎くん…おはよう」
「出た、神崎!!! 何しに来たのよ!!」
「的場さんに用は無い」
神崎くんは私の横に屈んで、小声で話し掛けてきた。
「隣のクラスが良かったんじゃないの?」
「………」
「図星でしょ」
そう、神崎くんは私が早川先生のことが好きということを知っている。1年生の終わり際、有紗が暴露して知られた。
神崎くんの中では『私の片思い』ということになっているけれど。両思いで付き合っていることは知らない。
「心が隣のクラスに行っていたから、点呼で反応出来なかったんじゃない?」
「……別に、神崎くんには関係無い事だよ」
図星過ぎて上手な返答が出来ない。
困ったように机に伏せると、有紗が声を上げた。
「神崎…怒るよ」
「的場さんは関係無い」
「なら、この件について神崎は関係無い」
2人が小声で言い合う。
…はぁ、頭が痛い。
「俺、まだ藤原さんのこと諦めていないから。的場さんは本当に邪魔をしないで」
そう言って私から離れて行った。
有紗は怒りで震えている。
「何なの神崎…!! 大体、何しに来たのよ!」
「私の思いを確認しに来たんじゃない…?」
私はもう一度、机に伏せた。
何だか、色々な感情が混ざって…胸も痛い。