青春は、数学に染まる。 - Second -

文化祭


結局、前日準備が終わったのは22時半だった。


言い方悪いけれど、たかが文化祭。
ここまで時間を掛ける必要があったのか疑問に思う。









文化祭のステージイベントが終わり、自由時間となっている現在。

私は1人、会議室に籠っていた。





体育館では軽音部のフリーライブ、駐輪場では飲食物の販売、教室棟では美術部、文芸部の展示や運動部による体験ブースなどがある。




去年は何も役が無くてただ楽しむだけだったが、記憶はあまりない。

簡単に言えば。
文化祭に面白さを見出せない。




それは今年も同じだ。
何だか食欲も無いし、遊んだり見たりする気力も湧かない。

有紗と過ごそうとも思ったが、どこに行ったか分からないし。



「……疲れたな」







昨日、早川先生と一緒に体育館に向かった後、浅野先生に何かを話していた。



そしてその帰り際。
生徒たちが体育館から出て行った後、浅野先生に土下座をされたのだ。



いつもと違う雰囲気に酔っていた…らしい。



そんな教師いるはずがない、そう思ったが…実際目の前にいたし。
何か言いたげな表情を浮かべていた早川先生だったが、無言のまま冷たい目で睨みつけていたし。





…はぁ。思い出すだけで頭が痛む。




悩みなのか寝不足なのか分からないけれど、今日は頭が痛くてしんどい。






「早川先生」


…ん?

窓の外から、早川先生を呼ぶ声が聞こえて来た。



ここ会議室は特別教室棟の1階。
外に目を向けると渡り廊下と中庭が見える。



「………」



渡り廊下の真ん中に立っている早川先生と…………津田さんだ。



昨日まで眼鏡を掛けていたのに、今日はコンタクトかな。
少しだけ短くしたスカートに…緩く巻かれたポニーテール。


文化祭だからか、いつもと雰囲気が違う津田さん。



「………」



不穏だ。



私は身を低くしながら窓に手を伸ばし、そっと鍵を開ける。
そして、ゆっくりと窓を開いた。



「早川先生…」

鳥肌が立つほど甘い声に、脳内を殴られたかのような衝撃を感じる。


「……」


それでも私は見るのを止めない。
しばらく眺めていると、津田さんは唇を噛みしめて…早川先生の胸に飛び込んだ。


「……」


私の胸の中に沸き上がる、嫌悪感。嫉妬心、独占欲。




…本当、文化祭という非日常は、容易に人の理性を飛ばす。



「早川先生…好きです。先生のこと、1年の頃から好きです」


無言のままの先生は、そっと津田さんの肩に手を置いて…体を押し退けた。


「僕は教師です。お気持ちに応えることはできません」
「…嫌です。好きなんだもん…私、先生のことが大好きなの。…2年生になって、先生が担任になって…凄く嬉しかった。けれど、日に日に思いが募って…どうしても先生の特別になりたいって、願うようになったんです…」



ポロポロと涙を零す津田さん。
様々な感情が芽生えてきて、モヤモヤする。


…ていうか、何でこんな場所で告白してんの。


「…津田さん、無理です。お応えできません。…ただ、担任ですから。これからも良い教師と生徒としての関係を築きましょう」
「………っ」



津田さんは先生の体を思い切り押して、走ってどこかに行ってしまった。






「………」





そっと窓に顔を近付け、じーっと先生の方を見つめ続ける。


俯いて頭を掻いていた先生は、視線を感じたのか…こちらを向いた。





「…え、藤原さん?」
「はい」




一瞬驚いた表情をしたが、少しだけ微笑んだ。
そして渡り廊下から出て、会議室の窓に近付いてくる。



室内と室外。
窓を挟んだこの距離感が、今は丁度良い。



「先生、こんなところで何していたのですか」
「…それはこちらの台詞です。今日、特別教室棟は生徒立ち入り禁止ですよ」
「私は実行委員ですから。会議室はOKです」
「………そうでした」




いつになく楽しそうな生徒の声が響く校内。
先生は壁にもたれかかって遠くを見ていた。




昨日と同じく、背広を着ている先生。
袖口から少しだけ覗く腕時計が大人な雰囲気を醸し出している。

白衣より、こっちの方がもっと好き。




「早川先生」
「…………なんか…藤原さんにそう呼ばれると、最近は違和感を覚えます」
「早川先生、好きです…か」


先生の呟きをスルーし、さっきの津田さんの言葉を口にする。

私は経験をしなかったから。
教師に片思いをし、思いを伝えることにどのくらいの決心が必要なのか、全く分からない。



さっきの先生、教師だから応えられないみたいなニュアンスだったけど。
私と付き合っている事実と矛盾するよね。

しかも、先生から思いを伝えてきたのに。






…どうしよう。

………ごめん、津田さん。



申し訳ないけど、嫉妬を上回るくらい、物凄く優越感を感じている。





「…藤原さん、怒っていますか?」
「怒っていません。さっきの光景を思い出していただけです」
「ちゃんと、お断りをしました」
「知っています。見ていました」



先生の背広を少しだけ引っ張る。

何も言わずに微笑んでいると、先生は周りを確認して、そっと唇を重ねた。



「……何だか、悪いことをしている気がします」
「そうですね。ですが、これこそ禁断の恋の醍醐味です」


醍醐味?
真顔でそんなこと言うから面白くなっちゃって。

「え、馬鹿!!!」

なんて言いながら、軽く先生の腕を叩いた。





「しかし、2日連続で大変ですね。僕らへの試練が多すぎます」
「でも先生。正直なところ、嬉しかったんじゃないですか? 生徒に告白されるなんて」

少し拗ねる感じでそう言うと、頭をチョップされた。
口を尖らせて不機嫌そうな表情をしている。

「怒りますよ。そんなわけないじゃないですか」
「ふふふ」
「笑って誤魔化さないで下さい。確かに、浅野先生のような生徒に囲まれるシチュエーションに憧れはあります。ですが、不特定の生徒に告白されて喜ぶほど愚かではありません。僕には貴女がいますから」

そう言った先生は、耳まで赤くなった。

可愛い。
自分で言って、自分で照れるなんて。






生徒たちの喧騒がより一層強くなる。
自由時間が終わるまで、あと1時間くらいか。


「藤原さん。文化祭、楽しまなくて良いのですか?」
「…良いです。先生こそ、楽しんできて下さい」
「僕こそ、その必要はありません」



穏やかに流れる空気。

腕を伸ばし、先生の腕を引っぱって頬にくっつけてみる。






いつもとは違う非日常に酔っているのは、私も例外ではないのかもしれない…。








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