青春は、数学に染まる。 - Second -

翌日の放課後からは、まともに同好会の活動を行った。

早川先生は変わらず元気が無いけれど、いつも通りを装っている。



「藤原さん、問題を解くことができるようになりましたね。間違っても良いので解くことが大切ですから。進歩です」
「ありがとうございます。2年生の私は、ひと味違いますよ…!!」

そう言ってガッツポーズすると、先生が頭を2回ポンポンと叩いた。

「頑張るのは良いことですが、無理だけはしないで下さいね」

優しい先生の声色。
私は2回頷いて、先生の顔を見る。

「その言葉、そのままお返しします」
「…僕は無理していませんよ」
「嘘つき」

何も言わずに微笑むだけの先生。
…ダメだ、頭を撫でたくなる。今では私が前の先生状態だ。つい、触れたくなる。




 
無言で見つめ合っていると、遠くからパタパタとした足音が聞こえて来た。

段々、近付いてくる。


「誰か来ましたね」

その足音は扉の前で止まり、ノックが鳴り響く。


「早川先生、浅野ですー!」
「…どうぞ」

勢いよく扉を開けた浅野先生は、私の姿を見て真っ先に話し掛けて来た。


「え、うちの藤原さんじゃないですか! どうしたの、数学で分からないことあったの?」
「えっと…」


グイグイ来る。
浅野先生はニコニコしながら近付いてきた。



早川先生は…顔から感情が読み取れない。



「浅野先生、どうされましたか。現在、数学補習同好会の活動中ですよ」
「数学補習同好会!! 本当に活動していたのですね~! え、同好会の会員は…藤原さんだけ?」
「…はい」
「偉い!! 放課後も勉強をするなんて…生徒の鏡だ! 僕は君の担任なことを誇りに思うよ!」
「は、はぁ…」


浅野先生のテンションについていけない。
この人、何でこんなにハイテンションなの?



「で、浅野先生。用事は何ですか?」
「実は、活動を見に来ただけです! 僕やっぱり、数学補習同好会に関わりたくて!」
「……」

早川先生はあからさまに嫌そうな顔をした。
浅野先生も、しつこいな。


「昨日も言いましたよね? 浅野先生は軽音部の顧問になったのですから。気に留めなくて結構です」
「違うんですって! だから僕、数学が大好きだから。数学が大好きな生徒が増えて欲しいのです!! 僕が受け持っている1年生にもいますよ、数学が苦手と言う子が! そういう子に入って貰って、うちの学校の生徒…みんな数学が出来るようになれば…万々歳ではありませんか! 早川先生はそう思いませんか!? 僕は、そんな思いで数学教師をやっているんです!!!」


何だろう…浅野先生、必死なのだろうけれど。選挙の演説みたいで面白いな。

笑いそうになるのを必死に堪える。


そんな私とは正反対に、早川先生は眉間に皺を寄せている。そして不機嫌そうに口を開いた。

「そうしたいなら、ご自身で創設して下さい。うちの数学補習同好会はそういう目的で行っておりませんから。浅野先生の思っているような場所ではありませんよ」



冷たく淡々とそう告げる先生。
本当に、嫌なのが伝わってくる。


「おかしい……」

浅野先生の顔からは笑顔が消え、呆然とした表情で早川先生を見た。


「早川先生…おかしいです。先生がそこまでして守りたいものって、何ですか?」
「…え?」
「分からないよ。藤原さん1人の数学補習同好会。顧問も会員も増やさないなんて。…その言動の根本的な部分って、何?」
「………」

早川先生は、目を見開いたまま固まる。…そのまま、言葉を継げなかった。

「まぁ、分かりました。早川先生の思いは良く分かりました。…僕は理由を聞くまで、全く納得出来ませんけれども」

そう言い残して、浅野先生は数学科準備室から出て行った。



「……先生…」
「…藤原さん、すみません。やってしまったかもしれません」
「そうですね…やってしまいましたね」

浅野先生が今後どう動くか分からないけれど、不信感を覚えられたのは間違いない。



はぁ…。また面倒なことになりそうな予感。






不安な気持ちを抱えたまま家に帰ったが、やはり浅野先生のことが気になって落ち着かない。



「有紗…空手かな」

私は、ダメ元で有紗に電話を掛けてみた。
出ないだろうな…そう思ったが、予想に反して有紗は電話に出た。

『真帆~!! どうしたの!』
「有紗、急に電話でごめんね。ちょっとだけ相談なんだけど」


私は有紗に数学準備室でのことを話した。


…悪いのは早川先生だけれども。浅野先生が疑っているのは間違いないから対策を考えなければ…。


『うーん、真帆。聞いた率直な感想、早川先生って馬鹿だね!!』
「……」

いや、まぁそれは間違っていない。

『そりゃ頑なに抵抗したら疑われるよ。…でもまぁ、早川先生の気持ちも分かるよ? 折角の真帆と2人で過ごせる時間なのに浅野先生とか他の生徒がいたら邪魔じゃん!』

そう言いながら有紗は大笑いした。



うーん、困ったな…。


しばらく無言で考えていると、有紗が口を開いた。



『ねぇ、真帆。私、数学補習同好会に入るよ』
「………え?」
『これで解決じゃない!?』

有紗が同好会に入る?
何故?

「え、いや…空手は?」
『もちろん空手があるから1時間しか活動出来ないけど、良くない!? これで部員2人!! それで、浅野先生も顧問にしちゃえばいいじゃん。軽音部もあるからずっといないでしょ? 浅野先生は私の担当!!』

そう言ってまた有紗は大笑いした。


「有紗、本気で言っているの?」
『当たり前じゃん。こんな嘘つかないよ。ていうか、真帆と一緒なら数学も楽しめそうだし~!!!』

早速明日、入部届出すんだから! と意気込んだ。



「…ありがとう、有紗。けれど本当に良いの?」
『しつこい!! 良いの!!!』
 
相談するだけのつもりだったのに。
想定外の方向に向かった。


けれど本当は凄く嬉しい。
ありがとう、有紗。




これで浅野先生の疑いが少し改善されたら良いけど…。






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