青春は、数学に染まる。 - Second -
味覚
駅から遠く、利便性が悪いショッピングモール。
車で来ることを想定した広い駐車場に到着した。
「真帆さん、行きましょう」
「はい」
差し出された手を握ると、先生は嬉しそうに微笑んだ。
「裕哉さんは何を買うか決めているのですか?」
「…いいえ、全くです。お揃い…何が良いですか?」
「何が良いですかね…」
学校でも持っておける物が良い。
アクセサリーは禁止だから、そういうのは難しいかな。
「取り敢えず、何か食べますか?」
「はい」
あてもなく店内を歩き回る。
ゆっくりと雑談をしながら歩いていると、ある看板の前で先生の足が止まった。
「わぁ…」
「どうしました?」
私もその看板を覗き込む。
そこには『レインボーロールケーキ』と書いてあった。
名前の通り、スポンジの部分が虹のような配色をしている。
中にはクリームとフルーツが入っているようだ。
見た目は面白そうだけど、色合いはちょっと…あまり食欲がそそられない。
「これを食べます」
「お昼ご飯より先に?」
「はい。数量限定って書いてありますので」
「本当ですね」
早々にロールケーキを欲する先生。
レジに立ち、メニュー表を見た先生はまた笑顔を浮かべた。
『レインボーロールケーキ』の隣に『メロンパンサイダー』と書かれた飲み物がある。
私の感覚だと、これは無しだが。
先生のその顔を見れば笑顔の理由が分かる。
一般的に微妙だと思われる飲み物は、先生の心にしっかりと刺さる。
この『メロンパンサイダー』も例外無く刺さったようだ。
商品を受け取り、席に着く。
先生はやっぱり『メロンパンサイダー』を注文した。
サイダーの上にミニメロンパンが乗っていて可愛いけれど、美味しいのかな…?
味の想像ができない。
私は無難にモンブランと紅茶にした。
「……」
ニコニコと微笑みながら写真を撮っている先生。
可愛すぎるその光景を、私は写真に撮る。
私が写真を撮っていることに気付いていない先生は、綺麗に手を合わせてから、ロールケーキを一口頬張った。
「…美味しい」
もう一口食べ、次はフォークに乗せたロールケーキを私の方に差し出してきた。
「真帆さん…これ美味しいですよ」
先生の目がキラキラしている。
……本当、可愛い。
こんなにも愛おしいことある?
授業中の先生からは1ミリも想像できない姿に、思わず頬が緩む。
「…真帆さん、顔がにやけています」
「ふふ、あまりにも愛おしくて…」
言葉を最後まで言わず、差し出されたロールケーキを食べた。
色合いは微妙だが、味は普通のロールケーキと変わらない。
甘さも丁度良くて美味しい。
「美味しいですね」
「……」
フォークを持ったままフリーズした先生は、耳まで真っ赤にしていた。
色々と会話をしながら、ひと時を過ごす。
先生の『メロンパンサイダー』を少し飲ませて貰った。
なんて言うか。
文字通り、メロンパンを食べながら炭酸水を飲んでいるような感じだった。
飲めなくはないけれど、やっぱり好まないかな。
私の口には合わなかったが、先生には どストライクだったみたいで。
怪しげな小さなノートに何かを記入していた。
「それ何ですか?」
「これは、僕の好みだったものを記録しているノートです。『メロンパンサイダー』は書くに値します」
椅子から立ち上がり先生の背後に回る。
ノートを覗き込むと、名前と場所、見た目、感想などが記入されていた。
「カフェオレのカステラ風味も書いてありますよ」
以前、先生が買ってきてくれたカフェオレのカステラ風味。
申し訳ないけれど、私の中では微妙だった。
「裕哉さんの味覚、独特ですよね」
「それは褒めていませんね」
「…はい。理解するのに時間が掛かりそうです」
「そうですか。わかりました。今後、このノートに記録した物を一緒に共有していきましょう。きっと、何かが目覚めます」
「私の味覚もおかしくするつもりですか!?」
「それ、遠回しに僕の味覚がおかしいと言っています」
面白すぎて先生の肩をポンポンと叩く。
少し複雑そうな表情がまた可愛い。
「さて、行きますか」
「はい」
トレーを持って立ち上がり、仕返しのように私の頭をポンポンと叩いた。
先生の行動1つ1つにキュンとしちゃって。
全身の体温が急上昇した。