青春は、数学に染まる。 - Second -
翌日、2年2組の数学の時間でテスト返却をした。
緊張をしているかのような藤原さんの表情に、思わず笑みが零れる。
「藤原さん」
「は、はい」
ぎこちなく答案を受け取り、そっと点数を覗く藤原さん。
その瞬間、藤原さんの背中が大きく跳ねた。
「先生、ボーっとしていないで答案ちょうだい」
「あ、保津さん。すみません」
…いけない、見入ってしまっていた。
席に着いた藤原さんの表情は、これ以上に無いくらいの笑顔だった。
「早川先生! 入っても良いですか?」
「…どうぞ」
授業が無い空き時間。
数学科準備室に籠っていると、浅野先生が入ってきた。
「どうしましたか」
「いや、修学旅行のことを少し聞きたいと思いまして!」
「…なるほど」
浅野先生はソファに座り、手に持っていたファイルを開いた。
そのファイルは、以前の学年会議で打ち合わせた時に配布されたものだ。
「3日間、生徒がスキーをしている間、僕らはどう過ごすのですか?」
「……受け持ちクラスの生徒から離れずに監視、管理さえしていれば、あとはゲレンデで突っ立っていても、スキーをしてもよろしいです。ご自由に」
この話、会議の時にしたはずなのに。
何故わざわざ聞きに来たのだろうか。
「なるほど…。ということは…僕が藤原さんと一緒に行動をするっていうのも、自由だから良いっていうことですね!」
「…………はい?」
何を言い出すかと思ったら……。
どうやら僕に喧嘩を売りに来たようだ。
「自由を履き違えない方が宜しいですよ。あくまで教師としての自由です。私情は挟む物ではありません」
「私情ではありませんよ。心配な生徒を気にかけてのことです。まぁ、僕が何をしようが…3組の早川先生には一切関係無いお話でしたね」
「……」
この人…嫌だ。
泣き出すまで叩き倒そうかな。
僕に何を言っても怒らないと思ったら大間違いだ。
「……」
とは言え、超えられないクラスの壁。
2組の浅野先生と藤原さん。3組の僕。
スキー研修では、どうしてもクラスの壁だけは超えられない。
それが凄く、もどかしい。
「…浅野先生」
「ん?」
「文化祭の時のこと、許していませんから。藤原さんと下手に関わって泣かせようものなら、僕が貴方をボコボコにします」
「…泣かせはしません。けれど、ボコボコにすると言うのなら、どうぞって感じです」
「……」
舐められたものだ。
宣戦布告と捉えても良いのだろうか。
「しかし早川先生、東京観光の時は僕と一緒に過ごすのでしょう?」
「…そうですよ。僕とデートをして頂きます」
「良いのですか? 折角の自由行動なのに、藤原さんと一緒にいなくて」
少しだけニヤっとした表情に苛立ちを覚える。
「…良いです。一生に一度の高校生として行く修学旅行ですよ。教師として何度も行く機会のある僕のことは気にせず、純粋に楽しんで欲しいのです。浅野先生は僕と一緒にデートしましょうねって言っているのは、貴方が藤原さんに纏わりつかないようにするための策です」
睨むようにそう言い放ってみる。
浅野先生は真顔になり、小さく溜息をついた。
「早川先生って本当に真面目ですね。生徒たちが面白く無いって言うのも良く分かりますわ」
「はい?」
「それなのに、生徒と付き合っているという事実。アンバランスな感じが儚いです」
「……」
何だろう、浅野先生。
この人、何を考えているのか分からない。
「ますます藤原さんが欲しくなります」
「……馬鹿なことを言わないで下さい。既に僕のものです」
「略奪って言葉、知っています?」
「……知っていますけれど、無理ですね。真帆さんが僕以外の人に心揺らぐことは無いだろうと、自負しておりますから」
「へぇ~…強気ですね」
…なんて、強がってみたりして。
僕らしくない。
「ところで、結局何を聞きたかったのでしょうか」
「………早川先生の、考えです」
そう言い残して、浅野先生は数学科準備室から出て行った。
「……」
分からない。
浅野先生も神崎くんも、どうして真帆さんに拘るのだろうか。
普通、彼氏が居たら諦めないかな。
僕との関係を知ってもなお、真帆さんに関わろうとする2人。
浅野先生にいたっては宣戦布告では無いか…。
波乱の修学旅行になる気がする。
「………はぁ…」
悩ましい。
もし、許されるのならば。
真帆さんを、誰の目も届かない場所へ連れ去りたい。
そんなこと、考えてしまう自分がいた。
(side 早川 終)