青春は、数学に染まる。 - Second -
出発時刻が近付き、クラスごとにバスに乗り込む。
有紗がバス酔いするかもと言うことで、一番前に座った。
「あ、藤原さんと的場さん! 僕の後ろかぁ!」
「げ…」
浅野先生…。
最後に乗り込んできた先生は私たちの前に座る。
その席は1人席。
…そこには誰も座らないだろうと油断していた。
まさか、先生が座るとは………。
「道中楽しみだ!! 宜しくね!!」
「……」
最悪だ……。
有紗が両手を合わせながら口パクで『ごめん』と言っていた。
バスに揺られ、雪山を目指す。
浅野先生は時折こちらを向き話し掛けてくるが、あくまでも担任と生徒、顧問と部員の範囲内。
特に目立っておかしなことも無く、平和に時間が流れていた。
「……」
スマホが振動した。
メッセージの通知…。
確認すると、それは早川先生からだった。
「……」
『暇です。しりとりをしませんか』
「…………………」
しりとり?
何これ、可愛い。
確かに浅野先生も特にすること無く、喋ったりスマホを触ったりして適当に過ごしている。
早川先生もきっと同じ状況なのだろう…。
『何でしりとりですか』
『か…帰りたいからです』
「ふふ…」
質問のつもりだったのに、もう始まっていた。
『スキー嫌です』
『すぐに飽きます』
『することは沢山あります』
『スムーズです』
『スルメです』
「……」
敬語のしりとり。
す、しか回ってこない!!
『す、ばかり嫌です』
『すぐに慣れます』
『敬語やめてください』
『あ、真帆さんの負けです』
「………」
勝ち目のないしりとりに思わず頭を抱えてしまう。
何だろう。これ面白いのか!?
コソコソと声を殺すように笑っていると、隣の有紗がスマホを覗き込んできた。
「何、楽しそうにしているの?」
「……色々ね」
そう言いながら有紗に先生とのやり取りを見せる。
一通り見た有紗も、声を殺すように笑い始めた。
「仲良いね」
「そうかな」
その後、怒っているようなスタンプを送ったが、既読にならなくなった。
「さて、みんな! もうすぐ休憩のサービスエリアに着くよ! トイレ行かない人も体を少し伸ばして来てね!」
浅野先生の一言でバス内はざわざわし始める。
…そういうことね。
既読にならない理由。
「真帆、何か買う?」
「私は買わない。外で休憩するだけにしておくよ」
「分かった!」
20分の休憩時間。
大行列のトイレには行かず、私は店の前に設置されているベンチに座る。
有紗はたこ焼きを買いに行くんだ!! と、張り切っていた。
何でたこ焼きなのだろう…。
ボーっと一点を見つめて固まっていると、早川先生の後ろについて歩く津田さんの姿が視界に入った。
「………」
思わず、胸ポケットに入れている先生とのお揃いのペンを握る。
……津田さん。
貴女の存在は、百害あって一利なし。
見たくないのに、つい見てしまう自分もなかなかの馬鹿だ。
「……藤原さん。何、物思いにふけているの?」
「…浅野先生」
普通に隣に座り、私の方を見て微笑んできた。
しかし私はそれを、普通に無視をする。
「そう言えば浅野先生、言いたいことがありました」
「何々? 僕のことを好きになった?」
「違います」
浅野先生の言葉を速攻否定し、言葉を継ぐ。
「あまり早川先生をいじめないで下さい」
「………」
「強がっているように見えますけど、実際はとても打たれ弱い人です」
「………」
そう言いながら、早川先生の行くとこ全てに付いて回っている津田さんを眺める。
あそこまであからさまだと…怖いものなんて何もないんだろうね。
「浅野先生が早川先生に何かする度に、私は浅野先生のことが嫌いになっていきます。私の大切な人です。傷付けることは、許しません」
「…ごめん。それでも僕は、君のことが…」
「真帆! お待たせ~って、何で浅野先生がいるのよ!!! 消えなさいよ!!!」
浅野先生の言葉の途中で、有紗がたこ焼きを買って戻ってきた。
先生は出そうとした言葉を飲み込み、別の言葉を出す。
「…的場さん、僕のこと嫌い過ぎない?」
「何当たり前のことを言っているのよ! 大嫌いよ!! 文化祭以来!! ほら、邪魔。そこ私の場所」
浅野先生を押しのけ、そこに有紗が座った。
「…とはいえ、私の数学の成績向上に尽力して貰っているし。無下にはできないよ。ほら、これあげる」
そう言って、有紗は浅野先生にお菓子を手渡した。
「……ありがとう。藤原さん、またさっきの件についてはお話しさせて」
「………」
私の返答を聞かずに、浅野先生はバスの方へ戻って行く。
早川先生も先ほどとは変わらず、津田さんに付きまとわれていた。