青春は、数学に染まる。 - Second -
(side 早川)
自分から言い出した、浅野先生とのデート……という名の、行動制限。
…なのに、何が楽しくて浅野先生と東京観光をしなければならないのか、という気持ちが出てきた。
「……で、いつまで肩組んでいるのですか」
「駄目ですか?」
「駄目に決まっております。不快です」
「え〜……」
不満そうな感情を出しながら僕から離れる。
一体、どういう風の吹き回しなのだろうか。
「しかし、早川先生も生徒からモテるとは。不思議なものですね」
「どういう意味ですか」
「いや、真面目で近寄り難いのに、僕の知る限り2人の生徒から告白されたってことですよね?」
「……2人?」
「藤原さんと津田さん」
あぁ……そっか。
経緯をこの人は知らないから。
藤原さんから告白して来たと思っているのか。
「津田さんはその通りですけど。藤原さんは違います。貴方には言えない、数々の物語の上に今があります」
「どういうこと……?」
足を止めて悩み始めた浅野先生を置いていく。
……あの頃は、僕も血迷っていた。
今冷静に考えれば、有り得ない。
生徒を好きになること自体…おかしなことだったのに。
思いを勝手に伝えて。
迷惑なら学校に報告して解雇させてくれと言って。
沢山泣かせたし。
土下座もした。
勝手に伊東先生と喧嘩して怪我をして、また泣かせて。
困らせて。
それでもまた好きだと思いを伝えた。
こんなにもクズで有り得ない教師。
よく、受け入れてくれたと思う。
高校1年生だった彼女には、荷が重かった。
「早川先生〜、置いて行かないで下さい!」
「……」
まぁ、もう何を言っても今更だけど。
「……浅野先生こそ、生徒からモテモテではありませんか。いつも女子生徒に囲まれて鼻の下を伸ばしていますけど。その辺はどうなのですか」
「別に。それが日常ですから何とも」
「…………」
これだから、浅野先生が嫌い。
「さて、浅野先生。僕らはどこに向かうのでしょうか」
「…それはこちらのセリフですよ。早川先生。デートを切り出してきたのは、そちらです」
「………そうですね」
宛の無い僕らは東京ソラマチへやってきた。
うちの生徒の大半がここに来ているということで、見張りも兼ねている。
「見て、早川先生!」
「…何でしょうか」
「これ可愛いでしょう」
「……全くです」
パワーストーンが売ってあるお店かな。
ブレスレットを中心に沢山のパワーストーンが置いてある。
浅野先生は腕にブレスレットを嵌め、僕に見せてきた。
…僕が見ても、どうしようもないのに。
「…デートでしょ、早川先生もう少し乗り気になりましょうよ」
「デートは形だけです。何も本当のデートのように振る舞うわけではありませんから」
あちこち歩いていると、浅野先生を見つけた生徒が数人、声を掛けてきた。
いつも通りの対応の浅野先生。
そして、僕の元には誰も来ない生徒。
…別に、良いんですけどね。
慣れていますから。
そんなこと思いながら、浅野先生を置いてゆっくりと先に進む。
「…あ」
少し行った先にある食品サンプルのお店に、制服を着た見慣れた後ろ姿が見えた。
藤原さんと的場さんだ。
約束しなくても同じ場所で会える。
これを運命と言わずして、何と言うのだろうか…。
浅野先生と藤原さんを接触させないようにするために、僕がわざわざ浅野先生とデートをしているのに。
姿を見つけてスルーすることも出来ず…。
2人に、近付いてしまった。
「これ、真帆の好きなハンバーガー!」
「可愛いね、どれも美味しそう」
「真帆! 『彼氏』にも何か買ったら良いんじゃない?」
「……うーん…。変な飲み物とかあるかな?」
「…………」
歩く足が、止まる。
藤原さん…。
やっぱり、変だと思っている…。
少し離れた位置で立ち止まっていると、後ろから浅野先生が走って来た。
「あっ!!! 藤原さん、的場さん!」
本当に空気の読めない男。
名前を呼ばれた2人は勢いよく後ろを向いた。
「え、浅野先生に…早川先生!?」
「なんでここに!!」
「偶然通りかかっただけ!」
藤原さんは僕の方を見て目を合わせた。
しかし、何かを我慢するかのように唇を噛みしめて目線を逸らす。
「……あ!!!! そうだ!!!!」
「的場さん、どうしましたか」
「ねぇねぇ!! 4人で写真を撮ろうよ!!!」
「…写真?」
的場さんはスマホを取り出しながら、藤原さんの肩を叩いた。
「数学補習同好会の4人が約束もせずにここで出会えた記念!!!」
「長いね」
「良いのよ!! 大体、浅野先生は写真に入れて貰えることについてもっと感謝した方が良いわよ!!」
「……本当に、的場さんは僕のことが嫌いだね」
「うん、大嫌い」
そう言いながら、スマホを構えた。
「はい、撮るよ~」
枠に収まるよう位置を決め、正面を向く。
するとその瞬間、浅野先生に肩を持たれ、少し抱き寄せられた。
「はい、オッケー! って、何で先生2人は肩を組んでいるの!?」
「僕は組んでいません。浅野先生が一方的に組んできました」
「だって、今日僕と早川先生はデートだから。このくらいはしないと、ね?」
不満。不満すぎる。
だけど、全員が笑っていたから。
今日だけは許すことにした。
「浅野先生、写真に写っている早川先生が全く楽しそうじゃないけど、これはデート失敗じゃない?」
「そうだね。僕が早川先生を落とすにはまだまだ時間がかかりそうだよ」
「…安心してください。そのような日など、一生来ませんから」
浅野先生も藤原さんのことが好きな限り。
僕はいつまでも彼を敵として見続ける所存だ。
目の前にいる、藤原さんを抱き締めたい。
抱き締めて、キスしたい。
そんな感情が溢れて、胸が苦しい。
修学旅行で4日間過ごして分かった。
4日間も触れずに遠くから姿を見るだけだなんて。
僕には耐えられない。
触れたい。
触れたくて、仕方ない。
だけど、今ではない。
湧き出てきたそんな感情は、理性で捻じ伏せた。
(side 早川 終)