青春は、数学に染まる。 - Second -

昼休み、数学科準備室から窓の外を眺める。
ここからは中庭と教室棟が良く見える。


中庭のベンチに座って休憩をしている藤原さんと的場さん。


暑い日も寒い日も雨の日も雪の日も。
いつもそこにいる。



今日も愛おしい彼女は、大笑いしている友達に肩を叩かれながら、菓子パンを頬張っていた。


数学科準備室から中庭が見えることは、藤原さんに話していない。
まぁ、言うつもりも無いけれど。



僕の密かなお楽しみ。







そして教室前の廊下に目を向ける。
そこに群がる女子生徒。



生徒の中心で浅野先生が取り囲まれていた。

 
大体、あの人は見た目からアウト。
柄の違うパーカーを毎日着ている。軽そうなその雰囲気のせいで、余計に生徒に囲まれる。


とはいえ、きちんとスーツを着ていた伊東先生も囲まれていたけれど。あの人とは、また違うタイプだ。




関わりたくない。
率直な、感想。


 


 
 
昼休みはコンビニで買ったお弁当を食べ、その後は数学科準備室でダラダラと過ごす。

本を読んだり、動画を見たりして1人の時間を楽しんでいる。


 ガラッ


昼休みももう少しで終わるかと言う頃。

隣から扉が開く音が聞こえて来た。
浅野先生が、戻ってきたようだ。


「……」


浅野先生のところ、行こうか。
さっきの話をしてみよう。




「浅野先生、今宜しいですか」
「はい、良いですよ~」

その声を聞いて隣の扉を開ける。
浅野先生は次の授業の準備をしていた。

「昨日の件です」
「お、数学補習同好会!! 僕も関わらせて下さる気になりましたか?」

浅野先生は凄く嬉しそうな表情で僕に近付いてくる。
良くも悪くも、感情に素直な人だ。


「取り急ぎ、僕の数学補習同好会への思いをお伝えします。何故僕が部員を増やさないかと言いますと、少人数の生徒に対してより細かな指導が出来るからです。現状、何故藤原さんしかいないかと言いますと、まぁ希望者がいないというのもありますが、それ以前に人数が増えると日頃の授業と変わりなくなるからです。僕は、数学が苦手で『しっかりと勉強をしたい』と入部してきてくれた生徒に、細かくしっかりと数学を教えたいのです…。だから、浅野先生とは合わないからご自身で創設してはいかがでしょうか、と言ったのです。根本的なスタンスが違うから、そこで揉めても嫌じゃ無いですか…」



我ながらいいセリフ…。それっぽい理由が出来た気がする。


少し悩んでいる風の演技をして俯いてみる。…良い感じ。



浅野先生は真顔で僕の話を聞いた後、少しずつ微笑み始めた。


「ふ…深い。僕とは違う考えなので…新感覚です!! そういう考え方もあるのですね!! 僕、早川先生のことを誤解していました。いや…正直、藤原さんにやましい感情を抱いているのではないかと思っていました。けれど、そういう理由があるなら納得です! 昨日言ってくれたら変に悩まなくても良かったのに…無駄に変な憶測を呼ぶだけですよ!! まぁ、早川先生が生徒にそういう感情を持つとも思えませんでしたけれどもね!! 朴念仁代表みたいな? なぁ~んだ~そうかぁ!!」
「…朴念仁は良い言葉ではありませんし、ここで使う言葉では無いと思います」
「え、そうですか!!」

驚いたようにそう言った後、浅野先生は独り言をブツブツと言い始めた。



これは……納得、させることができたのか?



浅野先生はしばらくブツブツ言った後、僕の方を見て笑顔で言葉を発した。


「早川先生、分かりました! 僕、早川先生の意思を尊重します。数学補習同好会については何も言いません!! 生徒も増やしません!! …ただ、やっぱり僕も顧問になりたいです。軽音部と掛け持ちします。これは僕の意思と言うか、数学教師としてのプライドです!」
「………」


意味が分からない。何を言っているのだか。

浅野先生の言っていることは全く理解できない。



しかし…数学補習同好会について何も言わないなら、それに越したことはないかもしれない。



「……分かりました。では浅野先生、数学補習同好会の副顧問をお願いします。但し、軽音部を優先させて下さいね。あちらは浅野先生が正顧問ですから」
「はい!! もちろんです!!! やった、嬉しい~!!」

分かりやすく飛び跳ねる浅野先生。



関わりたくないくらい嫌いなのに。
何だか、憎めない感じがもどかしい。

 
悪い人では、無いのだろう。





僕は飛び跳ねている浅野先生を放ったまま、自分の場所へ戻る。



その途中で、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いた。





(side 早川 終)




 
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