婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
「小春さん、考えておいてください。 俺の恋人になること」

フリ、ね。そこ重要だから。夏樹くんは話は終えたとばかりに冷奴に箸をつける。お箸の持ち方も完璧だ。思いもよらない話をしていたおかげで、運ばれてきた時はいきいきしていた鰹節はしなしなになっていた。





あの後は、もういつも通りの空気が流れていた。下心はしまいました、って感じで、どうでもいい話をした。

居酒屋さんに行った帰りは、決まって夏樹くんが私をマンションまで送ってくれる。
実家を出てからは、べりが丘の端っこ、サウスパークの向こうの一般的な住宅街に住んでいるため歩くとそれなりに時間がかかる。夏樹くんは、酔い覚ましに丁度いいのだと言って付き合ってくれる。

「いつもごめんね。送ってもらっちゃって。夏樹くんも、家この辺なんだっけ」
「はい。すぐ近くです。 それに、俺が誘って帰りが遅くなってるし、小春さんに何かあったら嫌なので、これくらい普通です」
「そんな大袈裟な…。でもちょっと心強いよ。この辺りは街頭も少ないから、夜一人で歩くのは勇気いるんだよね」

べりが丘の近隣エリアとして開発途中のこの辺りは、まだ整備されていない箇所も多いのだ。

「…俺も思ってました。確かに暗いですよね。 …それで言うと、俺の家はセキュリティしっかりしてるんで。やっぱり一緒に住むべきですよ。まあ、街頭もそのうち解決すると思いますけど…」
「言うねぇ…」

ちゃっかりさっきの話の件をぶっ込んでくるあたり、夏樹くんも気が緩んでいるんだな、と思う。夏樹くんははっきりとものを言うから、遠回しなアピールは珍しいのだ。お酒も入って、いつもの完璧な装いが乱れているのはちょっとだけ優越感、なんて。

「…って、解決するってどういうこと…」
「あ、着きましたね。 今日はありがとうございました。おやすみなさい」
「あ、うん。 おやすみ。また明日…」
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