婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
『仕事のことも、どうなるか分からないと思います。もしかしたら広報部にはいられなくなるかもしれない』

もう翔くんとは会えない?彼はツインタワーオフィスの後継者として私とは違う世界を生きていくと決めたの?そんなに遠くに離れていってしまうの?

「小春! 大丈夫? 夏樹のこと、ほんとに何も知らなかったの?」
「全く…何も知らない。 夏樹くん、もう私とは関わらないつもりだと思う」

言いながら、今までのことが一気に思い起こされた。翔くんは御曹司だった。しかも北条家の後継者。そりゃあ、所作も身のこなしも完璧なわけだ。名家中の名家で生まれ育ったなら、許嫁という古風な考えに振り回されるのも納得だし、ああそうだ、私のマンションの近くで空き巣があった後すぐ、住宅街に街頭とコンビニが立ったのもきっと彼の仕事だ。26歳という若さで3つも部署を経験済みなのも、後継者教育の一環だった。一度だけ、あのパーティーの前の日に翔くんのお父さんを見たことがある。髭が生えていた。最後にうちの会社の社長の姿を見たのはいつだっただろう。少なくとも髭は生えていなかった。一瞬だったとはいえ、あのダンディーなお父さんが社長だって全然気がつかなかった。

「小春はそれでいいの!?」

ぐるぐると巡る思考がピタリと止まった。菫のよく通る声がダイレクトに響く。

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