婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
「夏樹、遠くに行っちゃうよ。簡単に会えなくなるんだよ! 今ならまだ間に合うでしょ!?」
「それが…夏樹くんの決めたことだから。これで良かったんだよ。夏樹くんとどうこうなる前に分かって、」

そうだ。落ち込んでるなんて変だ。これで良かった。振った相手と同じ職場なんてやりづらいに決まってる。翔くんは何事もなかったように普通にしてくれるんだろうけど、それでも消えない。私たちに始まりそうで咲かなかったつぼみがたしかにあったこと。だからこれでいい。北条家の御曹司と大恋愛、なんてことにならなくて――

「バカ! 夏樹も大概だけど、小春もだよ!そんな顔して言われても私が納得できない。小春も夏樹が好きなんでしょ? その気持ちを大事にしなきゃ駄目だよ。後悔するよ、絶対! ね、部長!」
「えっ!? あ、あー、そうだな、俺から見てもお前らは結構上手くやっていくんじゃないかと思う。一色はなんだかんだ言ってガッツがあるからな。誰かを守ろうと体を張って凶漢に立ち向かうくらいだ。夏樹の実家がどんなだって、お前は簡単に折れたりしないだろ」

部長が言う。すると集まってきていた広報部の社員たち‪からも声がかかる。

「約半年間、夏樹の健気な恋がようやく実るんだな! 良かったじゃないか夏樹!今いないけど!」
「途中から一色さんも満更でもなさそうでしたもんね。おふたりお似合いじゃないですか」
「そうそう。相手が一色なら夏樹のファンも文句は言えないだろ」

始業前のオフィスで、ここの人たちは一体何をしているのだろう。ずっと翔くん押せ押せムードではあったけど、今はっきりと未来の社長とその彼が落とそうと必死だった私の背中を押してくれる。
所々盛りすぎというかツッコミどころはあるけれど、ここまで空気を作り上げられて、さすがにもうこれでいいなんて言っていられなくなっていた。
今まで蔑ろにしてきた私の心が、翔くんに会いたいと訴えてくる。この気持ちを大事にしなくては。ひとりで諦めて離れていこうとする彼に伝えないといけない。

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