婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
はぐらかされたけど、追求するほどのことじゃない。それに、夏樹くんは私がちゃんと家に入るまで見届けないと帰らないから、少し急ぎ足で階段を上る。

部屋の窓から外を見ると、夏樹くんがぺこりと頭を下げて帰っていくのを見送る。
本当に、毎回毎回律儀だ。寒いんだから、早く帰りたいだろうに。

きっと、夏樹くんは彼女のこと、すごく大事にするんだろうなぁ。
私にしてくれている気遣いとかアプローチとか、一途に健気に。
イケメンで、背が高くて仕事も出来て、細やかな気遣いや気品もある。
なんで、私なんだろう。夏樹くんのことを好きな子は、たくさんいるだろうに。会社内を歩くとやけに視線を集めているの、本人は気づいているんだろうか。

もったいないよ、相手が私じゃ。何かすごい能力を持っているとか、容姿が端麗だとか、人に誇れる特別なものなんて持ってない。平凡に普通に平和に過ごしたくて、自分の仕事は地道に手堅くやるけれど、それだけだ。

夏樹くんの彼女なんて、私には務まらない。ましてや、彼の家族や周りの人を欺くなんて…やり切れる自信が全くない。やっぱり断ろう。フリでもなんでも、私は彼に誠実でいたい。気持ちに答える気はないんだから、変に力になってあげようとか思わない方がいい。



しかし、断ろうと決めて出社した翌日、事件は起きた。
昼休みに、夏樹くんと話をしたくて空いていた会議室に彼を呼び出した。
自分でセッティングした場所だけど、改まって向き合うと妙に緊張してしまう。しかも、私は今から彼にとって嬉しくないことを言わなければならない。そう思うと、握りしめた拳に力がこもる。
でも、ダメだ。ここで弱腰になって流されては。
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