婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
私の実家、一色は旧華族の名残でべりが丘の高級住宅街に居を構えているため、運良くここに就職できたのだ。
私の家のように、今はもう権力こそ衰えているものの、戦前や戦後にそれなりの力を持っていた家系は今もこの街のアッパー層として血を繋いでいることがよくある。

菫は幼馴染の旦那様がべりが丘の名家だそう。夏樹くんは…本人の口から聞いたことは無いけれど、街の外からのスカウト組なんじゃないかと言う人もいる。
でも…一緒にいると、そこはかとない気品を感じることが多々あるのだ。だから私は、それなりのお家の生まれなのでは、と勝手に思っている。

なんにせよ、夏樹くんは間違いなくエリートで、これからもっと活躍する若手に育つんだろう。

将来有望の彼の指導係を任された大役ではあるけれど、日に日に成長していく夏樹くんをそばで見守ることが出来るのは純粋に嬉しい。

立派に育つんだよ、夏樹くん…

「…、さん、小春さん?」

いけないいけない。その夏樹くんと、今は仕事中だった。

「あ、ごめん。 えーっと、うん。できてるよ、大丈夫」
「ありがとうございます。 …あの、小春さん」

PCから目を離し、至近距離で視線が合う。夏樹くんのやたら近い距離感にも、もう慣れた。…といいたいが、条件反射で少し跳ねた胸を無視して平然を装う。

「なに?」
「今夜、空いてますか? 俺に時間ください」

この、妙に含みのある言い方も彼の常套手段。わざと何かありそうな雰囲気を出すのが上手いのだ。時間くださいって、何されるの?なんて、なにか裏があるのではと疑り深くなっても仕方ないと思う。実際は、駅前の居酒屋でサシ飲みするだけなんだけど。

初めて彼に誘われた時は、告白を断った立場だから安易に答えない方がいいと思い流そうとした。だけど、『‪小春さんも、俺と2人っていうのは抵抗があると思います。でもこの時間は、下心出しません。ただの先輩後輩として、親睦を深めたいだけです…ってことでどうですか?』なんてご丁寧に言いくるめられて、今日に至る。可愛い後輩のお願いを、先輩は無視できなかったわけだ。

「わかった。いつものとこ?」
「はい。 頑張って仕事終わらせます!」

彼は意気込んでにかっと笑った。だから、その笑顔眩しいって。
こうなっては、私ものんびりしていられない。夏樹くんと仕事を終えるタイミングが合うように、今日のスケジュールを組みながらデスクについた。


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