婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
「そうかなぁ。むしろ私の方が翔くんとは釣り合うような身の上じゃないくらいだと…」
「そんなことありません。 小春さん、ご実家は由緒ある家門ではないですか? 私もそうなので分かるのですが、一つ一つの所作が美しく丁寧で、それは一般家庭の教養で身につくものではないです」

たしかに影響力こそ衰えた一色家ではあるものの、ベリが丘の住宅街に屋敷を置いているのと受け継がれてきた名残で、作法やテーブルマナーなどの質の高い教養は受けてきたと思う。それは少なからずツインタワーでの勤務に役立っていたが、こんな所で突っ込まれるとは思っていなかった。

「…翔を応援することになるのは癪ですが……小春さんが翔のことを好きなら、2人を応援します」
「翔くんのことは…好きにならないよ」
「どうして…」

栞さんが眉を寄せる。

「彼は、やっぱり私とは違う人だよ。 翔くんのご家族のことは聞いたことはないけど、何か隠しているのは分かる。 それを私に話そうとしないのがどうしてかは分からないけどね」

「小春さんは、それが嫌なんですね」

そう言われて、ハッとする。嫌…? 翔くんが私に話していないことがあるのが?

「でも、翔が隠していることを知るのも怖いとか」

ああ、そうか。私は怖いんだ。翔くんはきっとどこかの御曹司で、私とは住む世界が違う。勝手に想像して、多分それは当たっていて、それを理由に彼を遠ざけようとしている。でも本人の口からそれを聞いてしまったら、余計に彼のそばにはいられなくなる。それは嫌だ。翔くんが何も言わないのも、彼のことを深く知ってしまうのも、どっちも……なんてわがままなんだろう。自分でも呆れる。翔くんとどうにかなる勇気はなくて、何も知らないふりをしている今の関係のまま、翔くんが結婚をする必要がなくなるその時までそのふりを続けようとしているのだから。

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