婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
ひどく悲しい声色。表情は見えないけれど、捨てられた子犬みたいな、そんな顔を想像する。

「小春さんが俺のこと好きにならないのは…仕方ないけど……避けられるのは嫌です」

つきりと胸が痛んだ。私が翔くんを避けたのは、彼を好きにならないため。これ以上心を乱されたくなかったからだ。こんなふうに言われて、言わせてしまって、今胸がすごく痛い。翔くんを好きになって分厚い壁に阻まれるより、彼を悲しませる方が嫌だと思った。

「ごめん。もう避けたりしないから。 また一緒にご飯食べよう」
「…本当に?」
「ほんと。 ね、だから起きて」

翔くんがむくりと緩慢な動作で上体を起こす。私はそのままカーペットに座り込む。

「おはよう」

下から見上げるようにして言えば、今度ははっきりと彼の表情が分かる。

「おかえりなさい。小春さん」

ふわりと微笑む翔くんが眩しい。寝起きのはずなのに、どうしてそんなにかっこいいの。

「翔くん…ちゃんと起きてたんじゃん」
「いえ、寝てました」

わざとらしく笑ってみせる翔くん。翔くんには、そうやって笑っていてほしい。温かい気持ちが胸に広がった。


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