婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~

「小春さん、安全なところに移動しましょう。俺から離れないでください」
「待って。 夏樹くんは警備課の方に行って。 私はひとりで大丈夫だから」

翔くんは落ち着いた表情だけど、その声には焦りが滲んでいた。私は咄嗟に彼の腕を掴み、なるべく強気に聞こえるように言う。

「翔くんが必要なんだよ。 行きなさい」
「小春さん、」

「夏樹!」

警備課の男性が翔くんを切羽詰まった様子で呼ぶ。私は彼をじっと見つめて、それから翔くんが深く息をついた。

「…すぐ戻ります。恐らく1階のラウンジへ誘導があるはずだから、そっちに向かってください。絶対に1人にはならないこと。何かあったら俺に知らせること。 いいですね?」

彼は私のスマホをワンタップで通話ができる状態にして渡すと、私がしっかりと頷いたのを確認して表情を引き締め、警備課の男性と走り出した。相変わらず過保護だなぁとその背を見送り、スタッフが誘導を始めたのに従う。それでも運営側として、逃げ遅れている人がいないか確認しながら階段を降りていった。
2階に差し掛かったところで、フロアをきょろきょろと不安げに見回す老夫婦がいるのが目に入る。スタッフは急いで降下する人たちが雪崩を起こさないように声掛けに必死で気づいていないようだ。見過ごせるわけもなく、2階で一旦人の並を抜けた。

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