婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
1階はもうすぐそこだ。だけど、この2人には大変な距離。私は足音を気にしながら深呼吸をした。大丈夫。ラウンジにいけば警備課がいるだろうから…

「動くな」

頭上から聞こえた低く嗄れた声に、心臓がどくんと嫌な音を立てた。

「た、大変だ、お嬢さん、早く逃げなさい。私たちはいいから早く、」
「三人。妙な真似はするな」

老夫婦に被せるように放たれる冷たい言葉。まさかこの二人を置いて逃げるなんてできないけれど、そもそもそれは許されないだろう。しんと張り詰めた空気に背筋が凍る。
翔くんに、知らせなきゃ…

この騒ぎを起こした張本人…犯人であろう男が近づいてくる。一見パーティーにそぐわしいスーツを身にまとっているけれど、荒れた髪に清潔感のない足元はどう見ても異質だ。男は当たりを気にしながら距離を詰めてくる。こちらに100パーセント集中しているわけではないのを見計らって、私はポケットに入れたままスマホを操作する。何度か適当に画面を触っていたら、スマホが振動を始めた。多分翔くんに発信できているはずだ。…たぶん。
凶器のようなものを持っているようには見えないけれど、隠していてもおかしくはない。刺激しないようにしなきゃ。でも、この状況どうすれば…翔くんにはひとりで大丈夫だと言ったのに、こんな目に遭っているなんて。

< 73 / 130 >

この作品をシェア

pagetop