婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
だいぶ酔いが回って、何人かが場所を変えて飲もうと盛り上がり始めた頃。翔くんがそばに寄ってきて、控えめに言った。
「小春さん、そろそろ帰りませんか?」
「ん? 帰る? いいよ、先輩がいたら帰りづらかったよね。ごめん、気がつかなくて」
「そうじゃなくて。小春さんも。一緒に帰ろ」
「え? なんで私も…」
きょとんとしていると、翔くんは声を張り上げて言う。
「すみませーん、俺と小春さんお先に失礼します! また会社で!ありがとうございました〜」
「お〜、夏樹、一色を頼んだぞ〜」
なんの疑いもなく上機嫌の上司や同僚たちに見送られ、あれよあれよと私も帰る手筈が整っていく。
居酒屋を出て駅の方に歩き出す夏樹くんを追いかけて隣に並ぶ。十分な距離があるけれど、前から人が来て避けたらぶつかるくらいの狭い道だ。
「翔くん、もしかして何か仕事の話あった? 私に聞きたいこととか…」
「? そんなのないですよ。終業後まで仕事の話なんてしたくないです」
「じゃあなんで、」
「だって小春さん、あのままあの人たちに付き合って、終電逃すかもしれなくても二次会三次会に参加しそうだったから。 明日が休みとはいえ、無理する必要ないでしょ。先に帰っても文句言うような人もいないですし」
まぁ、たしかに、飲み会を途中で抜けるのはどうも苦手だ。菫は割と早い段階で旦那さんのお迎えが来て帰るし、なんだかんだで部長に話を振られることもしばしば。タイミングが分からず、二次会までならと集団について行くことも多い。
好んで残るわけではないけど、無理してるように見えたのかな。