婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
6、好きなのに
月が変わり早くも半月が経った。翔くんが広報部に来てからまる1年が経とうとしている。短いようで長い期間だ。広報部には今年は1人新卒の女の子が入る予定だ。
私は新年度に向けても特に変わらない日々を過ごしている。翔くんの美味しい朝ごはんを食べて出勤して、掃除と休みの日の料理を担当する。翔くんには及ばないけど、彼はなんでも美味しいと言って食べてくれる。変わったのは翔くんだ。3月に入ってから、帰りが遅い日が増えた。というか、今まではほとんどなかったのが急に、といった感じだ。しかもどうやら残業などではない。彼の仕事量や進捗は私がいちばんよく分かってる。夕飯は先に食べていてと言われるので最近は毎日一人でとる。私が寝る前には帰ってくるけれど、何か聞いても「家族会議みたいなものが…」と濁されている。毎日家族会議…?その中身はもしかして、結婚のこと? 栞さんとの結婚話に決着がつこうとしているのなら、この同居が終わるのも時間の問題なのかもしれない。
今日も私はひとりで夕飯だ。仕事が長引いたので家に帰って料理をする気にはなれず、丼に刺身を乗せて即席海鮮丼にする。翔くんの分は冷蔵庫にとっておく。食べ終えた食器を片付け、ゆっくりめに入浴を済ませソファでくつろぐ穏やかな時間。のはずなのに、この家にひとりは酷く寂しい。私が来る前、翔くんはここに一人で住んでいると言っていた。オシャレな雑誌とか本棚とかスリッパとか、翔くんを感じる物はあるのに翔くんはいない。これ、自分のマンションに戻ったらもっと寂しいんじゃ…?すっかり人肌に慣れてしまった心は厄介だ。
しばらくして玄関の開く音がした。うとうとしていた意識が引き上げられる。
「ただいま、小春さん。 先に寝ててよかったのに。…あ、さてはそこで寝落ちしてましたね?」
「おかえり。 って言いたかったから待ってたの。うとうとしてたけど」
へらりと笑うと、翔くんは呆気に取られて、それからふっと頬を緩める。
「ご飯食べてきた?」
「いえ、まだです」
もう二十二時を過ぎているのに。こんな時間に帰ってきて、私を見つけて嬉しそうに笑って、でも少し寂しそうにも見えて。あなたは何を考えているの?なんて口には出さずに立ち上がる。
「自分でやりますよ」
「いいから。疲れたでしょ、座ってて」