婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
「栞はいい感じの人がいるみたいなので、そのうちくっつくと思います」
「うん。栞さん悩んでたから、幸せになれるといいね」
「…俺は、」

翔くんが押し黙って目を伏せ、それからゆっくりと顔を上げた。

「俺はもう、小春さんのそばにはいられません」
「…そっか」

そう答えた声は掠れていなかっただろうか。自分の声もあまり聞こえない。彼が何を言い出すのかは予想がついていたし、覚悟だってしていたつもり。だけど思った何倍も、彼の口から告げられたことは衝撃が強かった。

「フリでも、小春さんが俺の彼女になってくれて嬉しかったです。 夢みたいでした。朝起きた時、家に帰ってきた時、あなたがいるだけで眠気も疲れも吹っ飛びます」
「翔くん、」
「でもそれも終わりにします。 もうそうやって小春さんを縛り付けるのはやめにします」

お父さんと決着がついたのになんで、とか、そんな泣きそうな顔してまで私を諦めるの?とか、聞きたいことなんていっぱいあった。でもどれも聞けない。最後まで彼を好きだと認める勇気がなくて、翔くんにそんなふうに言わせたのは私だ。彼に何があったのか、何を抱えているのか、私はそれを聞く資格がない。今更私を諦めないでと懇願したところで、翔くんを困らせるだけだ。

「小春さん、約束、破ってもいいですか」
「約束?」
「ちゃんと付き合えるまで手は出さない、って。ほんとにこれで最後にするから」

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