婚前どころか、フリですが ~年下御曹司?と秘密の溺甘同居~
ダメでしょ。最後なら尚更、後を引くようなことしちゃダメ。
私が何も言わないのをどう受けとったのか、翔くんはそっと頬に触れた。そういえば、未遂で終わったキスが最大限に距離が近い瞬間だった。今はそれより、もっと。伏し目がちな瞳とすぐそばで視線が合って、私は瞳を閉じた。
柔らかい感触が額に少しだけ触れて、すぐに離れていった。

「こんなの、約束を破ったうちには入らないね」

翔くんが私を見つめる。愛おしそうで泣きそうな、切ないキス。これを最後に、彼は私から離れていく。

「今までありがとうございました。 小春さんに出会えて、俺は救われました。その時のことはこれからも、一生忘れられません。それはごめんなさい」
「そんなの別にいいのに。 忘れなくていいよ。…また苦しくなったら胸貸すよ?」
「一年前はギリギリ借りてません」

たしかに。ちゃんと覚えてる翔くんに私は吹き出す。つられて翔くんも笑う。しばらくそうしていて、私から言った。

「明日には荷物まとめて帰るね」
「俺は用事があるので手伝えませんが、車は用意します」
「私、ペーパードライバーだから運転は…」
「心配いりません。 荷物が多くなっても大丈夫です」
「そう? ありがとう。お願いします」

翔くんの言葉を信じることにしてお礼を言う。
金曜の夜のことだった。


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