余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。
 見上げるほどに高い扉を通り過ぎると、豪華絢爛な回廊に出た。左右にはアーチ形の大きな窓が無数に並び立っている。右手には宮殿の見事な庭園、左手にはエレノア、レイ、ビルの姿がある。

 そう。左手に並び立っているのは窓ではなく鏡。一点の曇りもなく磨き上げられたそれらの鏡は、向かい側に広がる庭園や回廊を通る人々の姿を映し出している。
 
 宙にはガラス製のシャンデリア。その数24灯。横に3灯、縦に8灯、等間隔で並び吊るされていた。

 そしてそのシャンデリアの奥、天井には巨大な絵画が。色鮮やかに建国の歴史を伝えている。端的に言えば英雄譚。国王は初代勇者の末裔であるのだ。そのため王甥であるクリストフは、この先代勇者の系譜を継ぐ者ということになる。

(赦されることも多い。けれど、かかる責任は過大。故に孤独は必定。少し考えれば分かりそうなこと。にもかかわらず、わたくしはろくに頭を働かせもせずにあのお方を(いたずら)に鼓舞し続けた。私生活においても勇者であることを求めてしまった)

 クリストフは常に笑顔だった。エレノアはそんな彼が向けてくれる言葉を、ろくに咀嚼することなく飲み続けてしまったのだ。繰り返される期待と落胆。クリストフが受けた苦痛は想像に難くない。

(……今のわたくしに出来るのは)

 回廊の脇に立つ貴族達の視線がエレノアに集中する。エレノアは小さく息を呑み、縮こまりかけた背を真っ直ぐに伸ばした。

(この罰を受けること。ただそれだけ)

「見ろ。今日も男を侍らせて」

「ふしだらな。カーライルは落ちぶれたものだな。あの長兄殿といいエレノア様といい……」

「癒し手として大変熱心に励まれていると聞き及んでいたのだがな」

「兄君には敵わないと悟り、自棄を起こされたのだろう」

 性的放縦な聖女。それが今、エレノアに向けられている評価だ。この悪評によって、彼らの交際~結婚の正当性は一層高まる。

 つまりはこれは、2人が結ばれるに必要な過程。エレノア自身が支払うべきと捉えている代償だ。周囲にいるレイやビルを巻き込んでしまう。その一点だけが心苦しい限りだが。

「兄君? 公妾の?」

「セオドア様だ」

「王都大司教様であらせられるのだぞ。斯様な者と一緒にするでないわ」

 背後から殺気を感じた。エレノアは咳払いを一つ。それとなく顔を後ろに向けて会釈する。『苦労をかけます』と謝意を伝えたつもりだ。きちんと伝わり、あわよくば汲んでくれることを切に願う。

(出口だわ)

 嘲笑と侮蔑で歪んだ回廊を抜けた。日差しが瑠璃(るり)色の瞳を照らす。エレノアは右手で傘を作って空を見上げた。空には雲一つない。快晴だ。心は自然と前向きになっていく。
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