余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。
『っ!!?』

 暗闇からゴブリン大の小さな老人が姿を現す。深緑色のローブ姿で、顎の下に伸びる豊富な白髭を蝶結びにしている。

 その老人の背後には複数の魔物の姿があった。紅色の狐、小型の青い龍、山羊や狼に似た獣人など多種多様だ。

「  !!     。    !!」

『っ!?』

 突如、老人が怒鳴り出した。それを受けてか魔王が反論する。

「………、    。    ――」

「     !!!!」

「…………………」

『えっ?』

 魔族の言語であるためか、エレノアには彼らが何を話しているのかまるで分からなかった。

 ただ、何となくではあるが魔王がこの老人から責められているらしいことは分かった。おそらくは彼が『じぃ』であるのだろう。響きからして世話役か。

 魔王はぐうの音も出ないようだ。唇を尖らせて不貞腐れている。威厳もへったくれもない。

(っ!)

 不意に老人と目が合う。身の気がよだつ。死すら覚悟したが、拍子抜けするほどあっさりと視線を外された。

 興味がない。

 くだらない。

 そんな言葉が聞こえてくるようだった。

 間もなくして老人は去り、配下と思われる魔物達による治療が開始された。魔王の体が紫色のオーラに包まれていく。必然的にエレノアの視界も。

『……っ』

 背筋が凍る。これは本能的なものだ。人族が最も苦手としているのが闇魔法。生命を脅かす象徴のようなものであるから。

『っ! えっ……?』

 不意に体が浮いた。次の瞬間、魔王の体は頭上ではなく横に。眼下には丸いテーブルが広がる。頭上には天井に向かって伸びる黒い棒のようなものが見えた。

(十字型のスタンド? わたくしを遠ざけて……まさか気遣ってくれたの?)

 胸がざわつく。不快だ。エレノアは逡巡した後に――問いかける。

『……貴方の目的は何?』

「ん?」

『不可解でならないわ。貴方の行動、その一つ一つが』

「不可解。くっくっく……そうであろうな」

(……?)

 ほんの僅かだが哀愁を帯びているような気がした。理由は――分からない。

「魔族の寿命は果てしなく長い。故に刺激を求める。ただそれだけのことだ」

 本心だとは思えなかった。はぐらかされた。そんな印象を抱く。

「吾輩は少し休む。精々励むが良い。……ああ、ただ早まるなよ。自死したところで吾輩が得するだけのこと。貴様の望む結果にはならん」

『体を乗っ取るから?』

「吾輩がその望みを叶えるに必要な条件は2つ。その1・対象が死すること。その2・肉体を吾輩の瘴気で染め上げること……だ」

『……………』

「順序が逆転したところで結果は変わらぬ。少なくとも人族相手であればな」

(……そうね。瘴気に触れ続ければ死んでしまうもの。染め上げることと死することは同義だわ)

「疑うも良し、信じるも良しだ」

 魔王は言うなり目を閉じた。静かだが寝息が聞こえる。宣言通り眠ったようだ。
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