余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。
『っ!』

 瘴気が迫ってくる。魔王が就寝しても術は展開されるようだ。

(耐えなければ)

 この体が乗っ取られれば少なからず人々に、家族に危害が及ぶ。自死の選択が消滅した今、耐える他ない。

『…………』

 不安に心が揺れる。堪らず『よすが』を求めた。心を寄せる何かを。

『エレノアを返せ!!!!』

 思い浮かんだのはユーリの姿だった。連鎖的に心が華やぐ。思い至ってしまったからだ。一つの甘い可能性に。

(ユーリが勇者として育つのには少なく見積もっても5年、いえ……10年はかかるのではなくって……?)

『エレノア!』

 ――20歳に成長したユーリが手を差し伸べてくる。

 そんな稚拙なビジョンが思い浮かんだ。

『魔王を倒した『救国の勇者』であれば、あるいはお父様も――』

 慌てて首を左右に振る。

(バカね。こんな時に何を考えているのかしら)

 自嘲気味に嗤いつつ、肩肘をついて眠る魔王に目を向けた。

(皆はこの悪魔が魔王であることを知らない。けれど、その力が賢者であったエルヴェ叔父様やレイをも凌ぐものであるという事実は広く知れ渡るはず。……かつてないほどの強大な敵よ。悠長に構えてなどいられない。王国も一丸とならざるを得ないはず――)

 エレノアの頬が強張る。望み薄だと思ってしまったから。これまで重ねてきた落胆が、失望が、希望を覆い隠していく。

(諦めてはダメ。信じて待つのよ。魔王が倒れるその時を)

 エレノアは祈りを捧げた。力が伴うものではない。ただひたすらに願い乞う。希望の光を胸に灯し続けるために。
< 76 / 80 >

この作品をシェア

pagetop