呪われた精霊の王子様は悪役令嬢に恋をする

囚われる

ふらつく足取りでエルディアーナの所へ行くが、どう言う訳かまだ人形に戻ってはいない。

「ギルーーーー」

ドサっと腰を下ろしただけだと思ったが、頬に土と葉が付く。

ーーーーあ、倒れたの、か?
エルディアーナの声が遠い。
視界はかろうじてあるな。
倒れたのが柔らかい腐葉土の上で良かった。

「ギル、今、直ぐに、浄化をーーーー」

震えている声とは裏腹に、左上腕部の袖を破く手には迷いがない。
が、毒で爛れているだろう傷口を見て、一瞬息を呑んだ。

エル大丈夫だ。このドラゴンの毒でも死にはしないから。
少し休めば毒は浄化される。
そう言ったつもりだが、声に出ていないのかも知れなかった。

キュッとキツく唇を噛み締め、嗚咽を堪えながら、エルディアーナが浄化を始める。

心地の良い魔力と浄化の光で、呼吸が少し楽になる。この分なら思ったよりも早く回復出来そうだ。
光の精霊にも手伝ってもらう。
格好が悪いと思うが、エルの泣き顔は見たくないからな。


動く右腕で、目尻に溜まった涙を拭ってやると、怒った顔で「馬鹿ギル!」って言われた。
でも可愛いから許す。

そのまま頬をなぞって、頭の後ろに掌を当て、引き寄せる。
このままキスをしてしまおうかと、心の中の悪魔が囁く。
今なら、力の補充が欲しいのだと、エルは勘違いしてくれる。

ーーーーチャンスだろう?

そんな邪な事を考えたギルベルトへの罰なのか、横から突然耳障りな声が聞こえた。

「ギルベルト様ーーーー!あたし怖かった!」

「キャァッ」

浄化をしてくれていたエルディアーナが、ドンっーーと突き飛ばされた。
この女、何をしてくれてるんだ!?あのまま気を失っていればいいものを!

悪玉女は香水のキツイ匂いを振りまきながら、エルディアーナと入れ替わって、ギルベルトに縋りつく。
臭くて気持ちが悪くなる。

触られて鳥肌が立つ。
ここはエルディアーナの場所だ。
そのエルディアーナの気配を探れば、横に吹き飛ばされて、木の根本、柔らかい部分に片腕を突っ込んしまっているらしい。
焦って引き抜こうとして、踏ん張ったもう一方の手もズボッと突っ込んだ。

ーーーーうん。エルは時々、一人楽しい事してるよな。本人は真剣なんだが、周りから見るとアホ可愛くて、笑えるんだよな。
焦ってドツボに嵌まるんだ。
いつもなら、そのアホ可愛さを堪能してから助けてやるんだがーーーー。

「やっぱり運命なのね。こうして会えるなんて」

「ーーーーる、なッ!」

触るな、と言ったつもりだが、何を勘違いしているのか、「大丈夫よ、あたしが治して上げるから!可哀想なギルベルト様。あの女の所為で」等と返ってくる始末だ。

更に、呼んでもいない醜聞の一団がゾロゾロと枯れ葉を踏み鳴らして近付いて来る。

今更何しに来たんだ、コイツらは。

「シシリア!大丈夫か!?ーーーーそこにいるのは、エルディアーナか!お前が魔獣を呼んだのか!」

ーーーーーーーーハァ?

「そうに決まってるわ!だってこの女は卑怯にもそこの木陰に隠れたまま、あたしが魔獣に襲われて、ギルベルト様が苦境に立たされる様子を楽しんでいたのよ!ギルベルト様があたしを助けてくれなかったら、きっと死んでたわ!」

お前を助けた憶えはないぞ。邪魔はしてくれたがな、お前が。
と言うか、滝の様にスラスラと嘘が出るな、コイツ。
ギルベルトは逆に感心してしまう。

しかしこの間、エルディアーナの反論をギルベルト以外聞いてないのは妙だ。

木の根本から無事脱出できて、淡々と事実を言うエルディアーナに、腹を立てるでも無く、言い返すでも無い。
さりとて無視をしているのか、と言うとそれも違う。

魅了系の薬物が相当精神を蝕んでいるらしい。
彼らは舞台の脚本に沿ったもの以外は、見えない、聞こえないのだ。
脚本を書いているのは、シシリアだ。

ギルベルトは薄ら寒いものを感じた。


「ああ、精霊界の王子殿下でいらっしゃいますね?」

そう言いながら、魔導師のローブを着た男、噂の若手のホープらしき風貌の男がエルディアーナに近付くと、腕を乱暴に取って立ち上がらせようとする。

「ーーーーやめろ、エルに触るな!」

何とか出した声は、回った毒で焼け掠れていたが、それでも聞こえた筈だ。

なのにこの魔導師が、ほう?とエルディアーナとギルベルトを交互に見ると、口元をいやらしく歪めた。

痛みに顔を歪めるエルディアーナが痛々しくて、その痛みを与えている男に殺意が湧く。

「なる程。精霊魂をこの女に奪われて使役されているのでしょう」

「戯言、を。そいつは、俺がエルに、やったものだ!」

「ええ!?やっぱり!性悪女のエルディアーナにギルベルトが靡く筈ないもんね!何とかならないの?」

ギルベルトの言葉をまるっと無視した会話に苛立ちが募る。

ーーーーやってみましょう、とかこの陰険魔導師め、何をするつもりだ?
頼むチビ達ーーーーエルディアーナを守れ!

動かない身体を、自分をこれ程恨むとは思わなかった。
せっかくエルディアーナが浄化をしてくれていたのに、またもや余計な邪魔で悪化する。

目眩の中、それでも何とか見れば、苦しげに身を折るエルディアーナから、ギルベルトの精霊魂が取り出される所だった。

(どういうことだ!?)

ーーーーあれは『同意』が無ければ取り出せない筈だ。しかも、ギルベルト以外にそれが出来るなんて、父か母かーーしか知らない。

そこに浮かぶ、魔法陣に刻まれた精霊文字を読み解いて、ギルベルトは驚愕する。

この男、禁呪に手を出したのか!

見事なプラチナブロンドが黒く染まる。
光を失っていく大きな瞳。

ーーーーヤメロ、それはエルディアーナのものだ!

光る精霊魂がシシリアに手渡され、乱暴にギルベルトの胸へ押し込まれる。

「今助けるわ、ギルベルト。心配しなくてもあの女はーーーー」

あの女だと?お前が言うな。何をするつもりだ。ろくな事じゃないのは予測出来た。

「全部入ったわ、もう平気よ!」

シシリアが光を全て押し込んだその一瞬、ドン、と激しい鼓動がギルベルトの胸を襲う。
急いで息を吸い込み、深く吐き出すが、動機が収まる気配がやって来ない。

短くない間、ずっとエルディアーナに馴染んでいただけあって、精霊魂が上手くギルベルトに馴染まずに、苦しい。
おかげで音が良く拾えない。
何とか読心を試みるも芳しく無く、口を読む。

「その女を連れて行けーーーーそうだな、地下牢で良いだろう。父上にはーーーー国に、帰国され次第、報告する」

やめてくれ、とギルベルトは口を動かしているばずだが、悪玉女に「大丈夫よ安心して?」とか、全然安心要素のない、言葉をーー読唇で読まされる。
ああ、視界も霞んで来た。

エルディアーナが乱暴に引きずられて行くのを最後に見た後、ギルベルトは気を失った。




ーーーー頼む、チビ達。
俺が行くまでエルディアーナを守ってくれーーーー。




< 12 / 19 >

この作品をシェア

pagetop