呪われた精霊の王子様は悪役令嬢に恋をする
オマケ3
「なぁ、ギルベルト。さっきすれ違った、ローマンが運んでるアレって釣書だろ?昨日も大量にあったけど、今日も凄いな。隣にあった束は招待状?」
ーーーー断っても増えるって凄いな。
日当たりの良いサロンでそんな事を言いつつ、アーモンドの入ったクッキーを齧っていた金髪ネズミは、お気に入りのクッションの上で呆れた声を出した。
「ああ、まぁな。テオバルドが容赦なく断っても、めげないのは感心するな」
エルディアーナが学校へと通いだしてから徐々に増えていたが、断罪後の今は更に倍増している。
片っ端から燃やしているが。
「僕も手伝うぞ、燃やすの。なんか変な魔力を忍ばせているのもあった」
何か醜悪さを感じるそれは、ローマンによって封じられていたが、リカルドやギルベルトのような者にとっては、釣書から漏れ出る魔力の臭いは、身を捩りたくなるほど嫌なものなのだった。
「テオバルドがどうするか、なんだがーーーー」
ローマンが封じているのは指示を仰ぐ為だろう。
王都邸の執事長たるローマンがわざわざ指示を仰ぐくらいなのだから、恐らくは高位の貴族、若しくは王族筋のものだ。
「行ってみよう、ギル。エルディアーナのドレスの採寸はまだ終らないだろ?」
下着姿になるからと、エルディアーナの部屋を追い出された二人は、要するに暇を持て余していたのである。
『テオバルド、入るぞ』
精霊にとって、壁や扉は遮る物にはならないが、礼儀として一応の声は掛ける。
返事を待って執務室に入れば、難しい顔をしたテオバルドとローマンが、揃って一つの釣書を睨んでいた。
釣書は、まだ開かれては居ない。
ローマンの肩から闇の精霊がひょっこり顔を出す。
「この子がこの釣書の【仕掛け】に気がついてくれたんですよ。危ない所でした」
お手柄でした、と金平糖をひと粒渡すローマンは、闇の精霊の頭をちょいちょいっと撫でる。
「公爵家の魔導具を掻い潜るなんて、随分と手の込んだ仕掛けだな」
グレーズ公爵家は精霊が見える者が増えた。
特にエルディアーナに近い者は。
テオバルドは、それを篩に掛けるのにも使うだろう。
エルに懐いている精霊は、害意ある者や、不審な人物には姿を見せないからな。
ただでさえ、人間には滅多に姿を見せないのが精霊だ。
「ギルが居てくれるから、精霊も助けてくれるし、助かるよーーーーさて、皆はどうしたいかな?」
ーーーー悪戯をしたいかい?
エルディアーナに良く似た面差しで、コテン、と首を傾げるテオバルドは、周りの精霊達に和やかに話し掛けたが、ギルベルトは悪魔の微笑みを見た気がした。
エルもコテン、ってやるけど似ているのは仕草と面差しだけだな。
テオバルドは悪魔に違いないと何度思った事か。
リカルドは毛をブワッとさせてプルプルしているしな。
《イタズラするー!》
《するー!ここのおうち、おさとうと、しおをかえればいい?》
《違うよ、王子に下剤を貰って、仕込めば良いんだよ》
「ーーーーギル、下剤ってお前、一体何やってんだよ」
精霊達が言う王子とは、ギルベルトの事だ。金髪ネズミのリカルドの目が不審者を見るそれになっている。
「あー、以前ちょっとこの国の王子様に、だな」
ギルベルトが、無理やり押し掛けて来る勢いのーーーー王妃とその息子に、下剤を仕込んだのは数年前だ。
「お前ってそんなキャラだった?全く、人の事言えないな!」
以前は何処か冷徹な印象があって、氷のような眼差しが酷薄にも思えたものだが。
それが下剤、とは。
暫く見ない間にお茶目さんになっている。
「うるさいリカルド。そんな、下剤如きでへこたれるようなヤツがエルに会おうなんて、光年早い」
「そんなって。その下剤って、知らずの森のお婆製だろう?ギルだって仕込まれたらヤバイんじゃないの?」
「生憎、俺には効かないぞ。過去に仕込まれたからな」
ーーーー女に。と副音声で聞こえたが、媚薬に魅了に下剤って••••••。
遠い目をしたギルベルトにリカルドは、なんとなく•••••聞かないでいてあげようと、同情的に思った。
「苦労、したんだな、ギル」
「ああ、まぁな。で、悪戯は好きにすればいいがーーーーこの釣書に仕込まれた術の元は、知らずの森のお婆の魔法陣だな。しかも、かなり古い」
「ギル達の知り合いと言う事は、かなり厄介な物かな?」
「お婆はちょっと変わっててな。悪い奴じゃぁないがーーー面白そうな事と、酒に目が無いんだ」
魅了も媚薬も、元はこのお婆が発明した。
最初は敵国同士だった王子と姫が、共寝をするのに相談されたのが切っ掛けだったと言う。
『憎みたくは無いんだ。だが殺された両親の、家臣の民の仇だ、そう思うとーーーー』
『このままでは憎んでしまいそうなのです。それでも、子をーーーー』
政治的に必要な、どうしても成さねばならぬーーーだが、時が解決をするのを待てない。
そうして出来上がった魅了と媚薬は、軽い物で、一晩が精々。
使い続けても中毒性は無かったと聞く。
『途中からはただの飴と香水にしたんだけどねぇ。子供が7つになった時に、二人にそうと教えてやったよ』
中々に意地の悪い婆様である。
酒場で酔った挙句に、レシピを魔女に盗まれてーーーー改悪された物が出回るに至ったのは、大いに反省したと言うが、酒好きと性格までは治らなかった。
「面白い、か。ギルとリカルド、はこの【仕込み】をどう見る?」
必要な場所には、必要な物なんだろう。
改悪さえされなければの話だが。
「「そうだなーーーー」」
奇しくも二人の答えは同じものだった。
翌朝、王立学園の教室は賑やかだった。
顔色も良いエルディアーナは、朝からの登校で、賑わいの原因を仲の良い令嬢から教えてもらうと目を丸くする。
「まぁ!!隣国の公子が、本当に?」
「ええ、この目でしっかりと。窓ガラスに映ったご自分に、突然愛を囁き始めて••••慌てた従者に抱えられて、お帰りになりました」
元のお婆製魔法陣は、自分に相手から好意を抱かせる効果があった。
それを、あの公子が書き換えたのは、好意から、愛情ーーーー情欲を含んだもの。それもかなり、濃いものに書き換えた跡があった。
道理で臭い訳だ。
ただ、古い魔法陣で、使われている言葉も物凄く古い。
おくったと、おくられた、が逆に捉えられている。
ーーーー間抜けにも、間違えてるんだよな。書く場所も。
『そうだな、そのまま封印を解いても大丈夫だ。エルに害は無い』
訝しげなテオバルドとローマンに説明したが、なんとも塩っぱい顔をしていたのを、思い出す。
『術をかける対象を、間違えてるんだよ。おくった側とーーーココの箇所だ』
よく調べはしたのだろうが、古代語で、しかも言い回しが古いからな。おくられた側が、おくる側に愛情云々ーーーーと描いて有れば間違いもしなかっただろうにな。
若しくは名前を書くとかな。
流石に古代語での名前は分からなかったのか。
ーーーーでは、明日の朝に見てみようか、この釣書。
うっそりと、わらったテオバルドが怖かった。
かくして、解かれた封印と共に、自分に所業は返っていく。
「ギルベルト、隣の組の侯爵家の息子と、後三学年にも居たな。あいつら諦めてないぞ」
「二学年の数人もまだ諦めてないしな」
ギルベルトとリカルドは顔を合わせ、頷きあう。
『エル、一時間目は魔法学だろ?俺達暇だから、散歩してくるな』
席に着くエルにコッソリ囁く。護衛に精霊を置くが、念の為に護りを施す。
了解にスリスリっと、頬を合わせてくるのが可愛いくて、内心で悶える。
「ホント、可愛いから、離れたくないよな」
「え、なぁに?」
「ん?エルが可愛いって言っただけだぞ」
あ、赤くなった。こんなエルを誰にも見せたくないんだけどな。
エルとのスキンシップは名残惜しいが、お花に付く虫はこまめに取らないとな。
さて、今日の害虫駆除は何処からいこうか。