呪われた精霊の王子様は悪役令嬢に恋をする

学園生活

「ーーーーーーーーハァア!?」

テオバルドの執務室に大きく響いたのはギルベルトの声だ。

困った顔のテオバルドと、その眼前に浮かんで話し合いをしていたギルベルトだが、たった今、テオバルドの言った言葉に表情が険しくなった。
いや、怒っている、と言ったほうが正しいか。

「学園に通わせろだと?何の冗談だよ」

魔力過多は抑えられて、順調に成長しているように見えるが、身体の弱さは抜けていない。
寝込む頻度は確かに下がったが、油断すれば直ぐに熱を出すのだ。

「大体、令嬢でも通わない奴等だって一定数いるだろう?なんだよ、その王命って」

「ギルは、王太子殿下の噂は知っているかい?」

ああ、と短く応えたギルベルトは、勿論知っている。
王太子だけではなく、宰相子息だの、騎士団長の子息だの、魔導師団の若手トップだの、この国の未来を担う、高位貴族の男達による、女をめぐる醜聞だ。

噂じゃなくて、事実だけどな。

精霊達からの情報は多岐に渡り、一部ならばテオバルドよりも詳しいかも知れない。

「それとエルを学園に通わせろって王命と、何の関係があるんだ。そんな、きな臭さい学園なんかに通わせられないーーーーと思うのは、あんただってそうだろうが」

再三に渡る、エルディアーナを学園に通わせろとの通達を、テオバルドは握り潰していた。

元々エルディアーナは、王太子の婚約者候補として幾度も打診があったが、テオバルドはそれを退けて来たし、ならば学園で出会わせようとの思惑もあったらしいが、病弱を理由にのらりくらりと躱してきたのだ。

「それはね、そうだよ。件の娘が黒の魔女から香水だの飴玉だのを買っていると教えたにも拘わらず、この結果だ。正直、彼等の進退など放っておきたいね。王子は他にもいるし。宰相も騎士団長も、跡取りは他にもいる。魔導師の方はどうぞお好きに、だ」

ただ、とテオバルドが付け足したのは、その娘は男爵令嬢だったらしいが、母親が侯爵家の出奔した令嬢だったらしく、娘は跡取りのいない侯爵家の養子になったと言う。

「それも知っている。だから身分違いとはならないだろう?放って置いても良いじゃないか」

「うん。だけどね、問題はその娘が学園での最上位になってしまった事なんだよ」

ーーーー結婚が決まれば辞めてしまう令嬢に、最上位の奴らがいたってヤツか。

王太子妃候補と言われていた令嬢達は、見切りを付けたのだろう。

その王太子ご執心の令嬢に物申せる奴がいないと言う事だ。

「どうやらその『ご令嬢様』は他の令嬢達には横暴らしくてね。殿下の寵愛を盾にやりたい放題だ」

ーーーーそんな事を闇の精霊が、言っていたな。
人間のする事だ。ギルベルトには関係ないと思っていたが。

「流石に傘下の貴族に相談されてしまっては、私も動かない訳にはいかなくてね。ああ、王命なんて如何にでもなるんだけど」

ーーーーイザと言う時の為に王命って事で、一筆書いて貰ったんだ。

「で?俺は姿を消して付いていけばいいと?」

「そう、他の精霊達もね、出来れば。それと、流石に毎日の登校は、エルディアーナには厳しいだろう。体調のいい日だけでいいからね。行ったら、一言、二言釘を刺せばいいから。何かあったらギルの転移で帰って来てしまえばいいよ」

だが、エルディアーナの事だ、男漁りの令嬢に釘を指すよりも、他の令嬢を慰める方にいきそうだな。
色恋沙汰には、とんと興味無さそうなんだよ。

ギルベルトは二重の意味で、深く溜息を付いた。






そうしてエルディアーナは学園に通い始めた訳なんだがーーーー。

「酷い!あたしの教科書がボロボロになってるわ!エルディアーナ様どうしてこんな酷い事をするのですか!?」


この女、水色の髪のーーーー見てくれは美しいが性根が腐ってやがる。

コイツが転生者だとはエルディアーナにはまだ話していないが、さてどうしたものか。

わざとらしい泣き声を上げて、王太子に早速泣きついている。
悪玉女ーーーー名はシシリアと言うらしいが、コイツ、馬鹿だろう。

王太子から、厳しい叱責がエルディアーナに飛ぶが、昨日は微熱があって学園を休んでいる。

その教科は昨日もあったし、今日の登校ーーーーエルディアーナは今来たばかりだ。遅刻である。

エルディアーナはシシリアの言う事一つ、一つを潰していくと、シシリアは急に癇癪を起こして去っていった。

取り巻きの何人かは追いかけて行ったが、王太子は憎々しい眼差しをエルディアーナに送って、嫌な気分になる。

「嫉妬からシシリアに嫌がらせをしているんだろうが、俺はお前などを愛することは無い!これ以上シシリアに害を与えるならば、例え婚約者だろうと、容赦はしない」

すかさずエルディアーナが、『殿下と私は婚約者ではありませんし、その予定も御座いません』とハッキリ言ったのだが。

「公爵家のゴリ押しで俺の妃に収まったとしても、お前の部屋などには通わん。お飾りだと身の程を知ればいい」

ここ迄くると、何の喜劇だ。クラス中から白けた顔を向けられているのに、気が付かない王太子は滑稽だ。

公爵家傘下の数人が記録を取っているから、後で問題になるだろうな。

と言うか、王宮は魅了の解呪はしないのか?それとも出来ないのだろうか?
ああ、薬物だから解呪ではなく解毒になるのか。
中毒になっていなければいいがな。

疑問に思っていると、風の精霊がシシリアの声をギルベルトに届ける。

『もう、そろそろギルベルトが現れても良い頃なのに!何処に居るのかしら。飴もそろそろ無くなるし、香水も残り少ないのに。あの露店が最近見当たらないから補充出来ないのに!今日こそは見つけなきゃ』

聞いたギルベルトは、一瞬でゲンナリする。

『皆の好感度はマックスだわ。だったら、魔獣が現れて、ギルベルトが助けてくれるイベントが起こるはずよ。そうだわーーーー』

その後の言葉は、追い掛けた取り巻き達の声にかき消されて消えてしまったが、嫌な予感しかしない。

「テオバルドに報告がてら、警備を増やす相談もしておこう」




ーーーーだが魔獣は現れた。
シシリアの前では無く、エルディアーナの前に。







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