結婚願望ゼロだったのに、一途な御曹司の熱情愛に絡めとられました

図書館で本を読むだけ。大丈夫。研究室に行かなければ先生が来ていたとしても顔を合わせる事はない。そう自分に言い聞かせ、大学の敷地に入った。

葉をつけていない桜並木が続き、図書館棟の案内の看板が見えてくる。四年ぶりに来た。懐かしい。掲示板も、ベンチも、学食がある建物も、何も変わっていない。まるで時間が戻ったみたい。

あっ、図書館あった。

5階建てのガラス張りの図書館は私が入学した年に出来たので、まだ十年経っていない建物だ。

自動ドアをくぐって、受付で卒業生だという事を伝えると学籍番号と名前を聞かれた。答えるとゲートを通り抜けるパスを発行してもらった。

パスをピッとセンサーにタッチして、ゲートの中に入る。消毒液のような匂いと紙の匂いがする。図書館に来る度に感じた匂いだった。匂いさえも懐かしい。

早速小説が置いてあるコーナーに行った。イギリスの作家、オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」を手に取る。ディストピア小説の傑作だ。懐かしい。何度も何度も読んだ。北沢先生が脳や人の感情に興味を持った切っ掛けとなった小説だと言って講義中に紹介した事が、この小説を知る切っ掛けだった。

西暦2540年の世界を描いたもので、人間が工場で生産されるという衝撃的な話だった。しかもその世界では人間たちは深くものを考えなくなっていた。嫌な事があると薬や快楽に逃げて、現実をちゃんと見ようとしない。それで人間たちは幸せそうに描かれていたが、私には幸せな世界には見えなかった。考える事をやめ、管理される事に委ねてしまった人間はもう絶滅するしかないのではないかと思った。この小説は現代を生きる私たちへの戒めのような気がした。

うん。久しぶりにこの本を読もう。