結婚願望ゼロだったのに、一途な御曹司の熱情愛に絡めとられました

素直になれない

先生の部屋で会って以来、先生と会う事も連絡が来る事もなかった。
どうせ隣になるんだから嫌でも顔を合わせる。そう思って、こちらからも連絡は取らなかった。

悔しいけど、私は先生の隣の部屋に引っ越すしかなかった。そんな訳でよく晴れた三月最初の土曜日、引っ越し屋さんのトラックに乗って、ベリが丘に引っ越した。

引っ越し屋さんがキビキビと部屋に荷物を運んでくれたから、引っ越しは二時間で終わった。あとは一人でコツコツと段ボールを開けるだけ。今日から1LDKの広い部屋での生活が始まる。先生が大家さんである事と、隣に先生が住んでいる事を除けば、広くて綺麗で最高の部屋だった。

午後二時のリビングは陽当たりが良く、暖房を入れていなくても温かい。床にゴロンと横になると気持ちいい。猫になった気分。

先生の部屋がある方の壁を見て、引っ越しの挨拶に行かなきゃと思う。
大きな物音を立てていたから、私が越して来た事を先生は気づいているだろう。
引っ越しの作業中に先生が冷やかしに来るかと思ったけど、先生は来なかった。きっと私がまだ怒っていると思っているんだ。

先生が大家さんである事を隠されたのは腹が立ったけど、日が経つにつれて、そこまで怒る程の事ではなかったと思い直すようになった。先生の言う通り、意地っ張りな私は先生が大家だと知ったら絶対にこの部屋を契約しなかった。そして住む所を見つけられず、困った状況に追い込まれていただろう。

先生が正しい。

今は善意で部屋を貸してくれた先生に感謝している。でも、素直になれない。ありがとうの一言がこんなに重いなんて……。

――九条さんが心配だったんです。

あれから先生の言葉が頭から離れない。先生が心底、心配してくれているのはわかった。でも、なんで先生はそこまで私を心配するのだろう?
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