ようこそ、片桐社長のまかないさん
7 片桐社長は待ちきれない
「昨日の航ちゃんの反応、変じゃなかった?」
玲奈さんはたくさんの色のアイシャドウがのったパレットを開き、色を吟味しながら言った。
「え、うーん、変っていうか……」
変というか、無反応。虚しくてそうは言えず口籠る。
「なんかさ、反応薄かったよね。あんなにイメチェンしたのに」
「うーん、薄かったというか……」
あれは無反応と言う。
「気付かなかったのかなー?」
玲奈さんは無邪気に傷を抉ってくる。もうその話はやめて欲しかった。
玲奈さんがブラシを選ぼうと顔を伏せ、私は隠れてため息をついた。
今日はお昼ご飯の後に、玲奈さんのメイクアップモデルをしながらおしゃべりに興じていた。
私は差し詰めちょうど良い練習台なようだ。
玲奈さんは年齢よりも幼い感じがして、またストレートに感情を表現するので分かりやすい子だった。
私の育った都会にはあまりいないタイプで新鮮だ。
玲奈さんは話題をコロコロ替える。マスカラを塗る頃には響君の話になっていた。
「響は何を考えてるのかよく分からない」
「でも、幼馴染なんでしょ?」
「うん。この辺って子供少ないから幼稚園からずっとおんなじクラスだった」
「へー。あんなにイケメンな幼馴染がずっと一緒なんて憧れるなぁ」
すると、私の顔を至近距離で見つめ、マスカラを丁寧に塗っていた玲奈さんの顔がわかりやすくムッとなった。
「響ってイケメンなの? 中学までは幼馴染しかいない環境だったから、そんなこと誰も言わなかった。なのに高校生になった途端にイケメンとかかっこいいとか言われ出して。女の子とベタベタしてて気持ち悪かった」
私は思わず瞬きをしてしまい、マスカラが瞼に付くよ、と玲奈さんに怒られた。
「ベ、ベタベタって響君が? 何かの間違いじゃなくて?」
「クラスの子に腕組まれてたり、上級生と一緒に帰ってたり、怪我した子をお姫様抱っこしたりしてたよ」
「……それは全部不可抗力なんじゃないかなー?」
遠慮がちにそう言ってみたけれど、玲奈さんは納得いかない顔でむくれる。
「断ればいいのに。そういうの気持ち悪いよ」
やはり、高校生の頃に響君が玲奈さんに突然嫌われたと言うのは、そういうことらしい。予想通りだった。
「玲奈さんは潔癖なんだね」
「別にそんなんじゃないよ。ただ、なんか響が……」
響が……? その先は続かなかった。
「知らない女の子と一緒にいるのが気に入らなかった?」
私はニッコリと微笑んでそう訊いた。
玲奈さんは顔の中心を急に赤くして、案の定怒った。
「違う! 勝手に変な方向に話を持っていかないで!」
「ごめんごめん」
と謝るも、私の顔がニヤニヤして見えるのか、玲奈さんは苛立った顔のままアイブロウをコームで整える。
「私はずっと好きな人がいたから……」
玲奈さんは呟くようにして言った。なので私も呟くようにして訊いた。
「……航さん?」
訊くべきではなかったのかもしれないけれど、この話を避けていては玲奈さんと本当の意味で仲良くなれないと思った。
玲奈さんは無言で私の目を見やるとすぐに逸らした。
「……でも、ただの憧れだったのかも。フラれた時に本人にそう言われて、ああ、そうだったのかもって思った」
(フラれた……?)
知らなかった。響君もそのことは知らないんじゃないだろうか。
「それは、いつのことなの?」
「……家出した日よ」
バツが悪そうに玲奈さんはそう言った。
「憧れだったの? うーん。そうだ、いい判別方法があるよ」
私が言うと、玲奈さんは眉根を寄せて首を傾げた。
「なに?」
「航さんと、キスできる?」
自分で言っておきながら、キスをする二人を想像して胸がざわついた。勝手にダメージ大。
玲奈さんは一瞬固まったと思ったら、想像したのか苦い顔をしてアイブロウペンシルを走らせていた手を止めた。
「うーん、……できない」
「そっか。うんうん、あんなに完璧で優しい従兄が側に居たら分からなくもなるよね……」
航さんは罪な男だなぁと思った。こんなに綺麗な子が十九年間も恋愛できなかったのは航さんに責任があるとも言える。
でもこれからだと思う。
「じゃあさ……」
アイブロウも終わりメイクが完成した頃に、私は呟いた。言うか言うまいか悩んだけれど。
「なに?」
「響くんとは?」
「なにが?」と玲奈さんはキョトンとする。
「響君とはできる? その……。キスを」
キョトンとした小動物のような可愛い玲奈さんの顔が、目を見開いた驚きの表情に変わる。そしてじんわりと頬を赤くして目を泳がせた。
玲奈さんは表情もわかりやすい。
「だから、嫌だってば。気持ち悪い。響がキスをしてるところとか、想像するのも嫌だ」
「それは……玲奈さんとのキスでも?」
航さんの時はすぐに自分とのキスを想像して苦い顔をしていたのに、響君となると「自分」が相手ではないキスを先に想像してしまうらしい。
長年、恋愛対象として見てこなかったからだろうか。
「嫌だってば……」
力なく言うと、玲奈さんは後ろを向いてメイク道具を片付け始めた。
キュン。
可愛い二人の可愛い恋愛が始まればいいのにと、老婆心ながら思ってしまうのだった。
玲奈さんがしてくれたメイクを手鏡で確認させてもらうと、これまた今時の兎目な可愛いメイクだった。
ああ、でも。メイクしてもらったとて。
また航さんは無反応で、私はそれを気にするのだろう。
するといきなり、居間の扉が開いた。
「仕事終わった。行くぞ」
航さんだった。突然やってきて無敵の笑顔で言う。
「どこ……に?」
私に言ってるんだよね? と玲奈さんの顔を見たり航さんの顔を見たりしながら挙動不審に訊ねた。
「買い物行きたいんだろ?」
買い物? とはてなが浮かんだ。昨日の富山さんとの話だろうか。確かに買い物には行きたかったけれど。
「車出すから早く乗れ」
キーを片手に玄関に行ってしまう航さんを追って廊下に出る。
「でも待って、夜ご飯とか……」
「女将に俺と凛は食べないって言っておいたから」
「でも、手伝いが……」
すると航さんは足を止めて振り返った。
「お前は今日休み。仕事するな」
私はムッとなって言い返す。
「じゃあ、女将さんはいつ休むのよ。女将さんには休みがないじゃない」
すると航さんはキョトンとし、やがて笑い始めた。
「そうだな。確かにな。でも女将は家事で家を支える約束をして嫁いできてるからな。雇われてるお前とは立場が違う」
確かに、と私は押し黙った。ごもっともで返す言葉もない。
「それとも、お前も嫁いでくれるの?」
驚いて顔を上げると、航さんはイタズラに笑っていた。やられた。
「からかわないで」
「からかってねーだろ」
航さんは楽しそうに笑う。いつもの航さんで安心した。
「いつも休みの日も女将の手伝いをして、俺が出張の日はカフェの締め作業まで手伝ったんだろ?」
(う。明菜さんが航さんに伝えたのかな。)
そう言われると急に自分が出しゃばりな気がしてきた。
「……余計なことしてごめんなさい」
「余計なことじゃない。……カフェの締めと店全体の閉店作業を一人でやらせるシフトの存在を凛のお陰で知ることができた。これは店長にすでに伝えて改善してもらった。女将のことも、家業を支える女性だから休みがないのは当然というのは古い慣習だと今気付かされた」
急に仕事モードにギアチェンジした航さんの言葉に私が目を回していると、航さんは真面目な顔で続けた。
「元々、女将の仕事量を軽減したくて凛を雇うことにしたけれど、凛が休みの日も休めないとなるとそれもまた問題だな」
「うーん。思ったんだけどね」
ちょっと言いづらくて控えめに言うと、航さんは力強く頷いた。
「なに? 意見はなんでも言え」
「あと少しでお台所のこと全て任せてもらえる時が来ると思うの。そしたら週に一日か二日は私が一人で賄をこなす。その日は女将さんは完全休養日。その代わり私も土日は家事に手を出さない。……これでどう?」
すると航さんは目を丸くし、吹き出して笑った。
「もう。真剣に考えてるのに」と私はため息をつく。
「いや、悪い。すごいなと思って」
航さんは楽しそうだった。
「それなら女将の休養問題も、凛の休日も働いてしまう問題も解決するな。あとは女将がなんて言うかだけど……」
「大丈夫。納得してもらうよう私も話す」
「それは心強いな」
そう言って航さんは私の頭を撫でた。
「凛が一人でこなす日を作ることになったら、もちろん昇給な」
「え、これ以上もらうわけには……」
実は、11月分の給料を12月に入ってすぐに受け取っていた。私の事情を慮ってのことだろう。頭が上がらない。
そして11月は二週間しか実働しなかったにも関わらず、前職の一ヶ月分から少し欠けるくらいの金額が振り込まれていて目を疑った。
訊くと、月の給料を日割りした額だと言われた。
……さらに昇給となると、前職の倍近くの給料になってしまうのではないか。
確かに朝は早く夜も遅いけれど、ストレスのない環境で働かせてもらい、許されることなのだろうか。
「凛に過度に負担がかからないよう、賄についても少し考え直す。また女将と三人で話し合う時間を取るから、その時は頼むな」
航さんは猫を可愛がるような手つきで私の頭を撫で回す。
ツンと寒い廊下で、私は航さんに抱きついてしまいたい衝動に駆られたけれど、グッと堪えた。今は仕事の話をしているのだ。
「じゃあ、買い物に行くぞ」
急に表情を緩めると、航さんは私の手を取って玄関へと引っ張った。
真面目な話はもう終わりなようで拍子抜けした。
どうしても今日買い物に連れていく気ということらしい。
航さんの運転で1時間ほど揺られると、県一番の繁華町である通称・市内に着いた。
そういえば祖母もよく『市内』という言葉を使っていた。
東京出身者としては馴染みがない言葉だけれど、東京でいうところの23区外のさらに外れから渋谷、もしくは銀座に行くような感覚なのではと推測する。
「この県の銀座だな」
私の考えをまるで読んだかのようにそう言うと、驚く私を尻目に航さんは自然と手を繋いで歩き出した。
今日は、玲奈さんのリクエストで少し派手目なカットソーと自前のスキニーパンツを履いていた。
立体駐車場を抜け連絡通路を通って百貨店に入った時には、昨日のワンピースに着替えた方が良かったのでは? とじわりと後悔が滲んだ。
でも、もう着たくない。あのワンピースは……昨日で懲りたのだ。
「買いたいものは?」
とても大人に見える航さんが訊ねる。
「……ヘアオイル」と、なんとなく気恥ずかしくて小さい声で答えた。
「そしたら一階……かな?」
「航さん、もしかして外商とかついてる……?」
「いや、俺は都内も含めていろんな店行くの好きだから。ばーちゃんのところには今も外商来てると思うけど」
つくづく住む世界が違うなぁと思う。でも航さん自身は高級志向なわけではない気がしていた。
今日乗ってきた車も外国製のおそらく高級な車だと思うけれど、付き合い半分、硬い車が欲しいという理由が半分で選んだものだそうだ。
「大切な人を乗せる車が、トラックに追突されてペシャンコになったら困るだろ?」と言っていた。
外商なんて必要ない、好きなものや必要性を感じたものを自ら選んだ結果こうなっている、ということ。それができるだけの財力を、自身の能力と努力で大きく広げて。
(ムムムム。かっこいい。)
そして化粧品フロアでヘアオイルを決めるや否や当然のように航さんがカードで支払ってしまい、とても困った。
その後も他の化粧品はいらないのかと促されたり、洋服を見ないのかとせっつかれたけれど、丁重にお断りした。
「なんだ、もっと色々買えばいいのに」
オイルの入ったピンクのショッパーだけを手にした私は、航さんの呑気な言葉を聞き流す。
航さんに買い与えられるのはなんかもう懲り懲りだった。
「あ、じゃあドラッグストアに行きたい! この百貨店以外にあるやつ」
そうして航さんのテリトリーから抜け出し、隙をついては自分で会計をしてどうにか欲しかった日用品は揃えられた。
そして夕食は食べたいものを聞かれたので、おっかなびっくり「ハンバーガー」と答えた。
もうしばらく食べていなかった。どうしても食べたくなっていた。
航さんはまた笑って、百貨店近くのハワイアンカフェへ連れて行ってくれた。
こんな美味しいハンバーガー初めてと思うくらいに美味しくて、素直にそう言うと航さんは楽しそうに私と同じハンバーガーを頬張った。
なんだかすごく嬉しくて、この日一番はしゃいだ。
けれどアロハシャツを可愛く着こなした同じ歳くらいの店員さんが、私がトイレに立った隙に航さんに話しかけているのを遠目に見かけた。
少し慌てて用を足し戻ると、どうやらたまたま航さんの高校の同級生だったそうで、私は軽く会釈だけして席についた。
「でもほんと、片桐君がウチの店に来るなんてビックリだよ。みんなに自慢しちゃう」
航さんは仕事の時に使う硬い笑顔で対応する。
「年末の飲み会こそは来てよ。お願い! みんな片桐君に会いたがってるよ。もう有名人だもん」
航さんは笑いながら、相手にそうと分からない具合に曖昧な返事をした。
「ねえ、片桐君って漁業組合乗っ取ったって聞いたよ。やっぱり年収もすごいんでしょ? どのくらい稼ぐの?」
航さんはそれでも笑うので、私は奥歯をギュッと噛んだ。
「航さん、もう出よう。お腹いっぱい。早く帰りたい」
すると二人はギョッとしてこちらを見た。
「思い出話と近況報告は是非LINEで。私、関係ないので付き合わせないでもらえますか、店員さん」
私はそう言って、飲みきっていなかったグァバジュースを飲み干してドンと置いた。
彼女は「すみません」と言いながらキッチンの方に引っ込み、私は立ち上がりダウンコートを着込んだ。
平然とした顔で会計をした航さんは、店を出るなり体を折って笑い始めた。
「お前、面白すぎる」
そう言って、歩くのも休み休みになる程に笑う。
私はなんだこの人と思いながら、「我が社の大切な社長を愚弄されたので」と言った。
「守ってくれたんだよな、ありがとな。可愛すぎるなお前、ほんと」
「どこが……」と、笑い転げる航さんにも自分自身にも呆れてため息をついた。
空はもう真っ暗で、月が角を尖らせて鈍く光っていた。
やはり海のあの町の方がよっぽど夜空は綺麗だ。
「あんな人に笑いかけないでほしい」
ポツリと、そう言った。
航さんは笑い終えると、私の手を取って優しく引く。
「ごめんな。やだったんだよな。笑ってたつもりもないんだけど、癖かな」
そう言って航さんは私の肩をギュッと引き寄せた。
「……ううん、嘘。ごめんなさい。気の強い変な女を連れてディナーにハンバーガーを食べに来る男にさせちゃって」
するとまた航さんはブーっと笑った。
「さっきの人、名前も知らないけど。こんな笑いを提供してくれるなんて思わなかったな」
航さんは私を抱きしめて頬にキスをする。
日曜の夜、駅前通りは人もまばらだった。
「もう、早く帰りたい」
私がそう呟くと、航さんは「はいはい。今日は一緒に寝ような」と耳元で囁いた。
私は耳にもう一つ心臓ができたみたいにドクンドクンと脈打って仕方がなかった。
「玲奈さんをふったの?」
ベッドの上で航さんのキスの雨を受け止めながら、訊いた。
「……このタイミングでその話するか?」
航さんは私の脇腹に寄せていた唇を離すと髪をかきあげて笑った。
市内から屋敷に辿り着いた頃には21時を回っていた。
静かで暗い廊下を航さんに手を引かれ、部屋に入ると押さえていたものを解放するように、航さんは私の体を抱き上げてベッドへ連れて行ったのだった。
航さんの、私を見つめる目が今日は一段と熱っぽい。その瞳に耐えかねて、玲奈さんのことを訊いた次第だった。
「今日玲奈さんから聞いたから」
「ふったわけじゃねーよ。お前のことをしつこく訊くから、前の日に同じ部屋で寝たって言っただけ」
「……いたいけな十代の子になんてことを言うのよ」
「別にあの時は、今みたいなやましいことはしてなかっただろ」
そう言って航さんは私の胸の先端に唇で触れる。
「そう……だっけ」と息を漏らして言い、私は身を捩りながら航さんの肩を力無く押してささいな抵抗をした。
「玲奈さんは妹のようにしか見えない?」
「玲奈は、従妹。それ以外に見えたことはないな」
「あんなにキレイなのに?」
すると「さすが俺の従妹だろ?」と航さんはクスクス笑いながらおでこ同士をくっつける。
「玲奈は造形がキレイ。お前は全部が可愛い。化粧されると理性飛ぶ」
航さんはあまり余裕がなさそうに息を吐いた。
理性が飛ぶだなんて嘘だと思った。今も航さんは猛る体をしっかりと制して私に優しく触れる。
私の嫌がることは絶対にしない。
「あんまり可愛い可愛い言ってると噛むよ」
なんだかムッとなって言った。
「あんまり可愛いことばっかり言うなよ」
航さんはそう言うと体を起こして、ポロシャツを脱いだ。ゴツゴツした腹筋が目の前に現れて、耐えきれず目を逸らす。
脱ぐなんて珍しい。
もしかしたら、今日は……。でもまだ約束の日まで一週間ある。
裸の体をピッタリとくっつけてキスをする。航さんの重みと温かさがキスを何倍も気持ち良くさせる。
キスの合間に、「噛んでもいいよ」と航さんはイタズラに言う。
私は噛みたくても、航さんの舌を甘噛みするしかできない。
「髪の毛、短いのもいいな」
キスを終えると私の顔をまじまじと見て、航さんが言う。
そんな普通のテンションで話しかけないでほしい。こちらはもう息も絶え絶えなのに。
「……昨日は何も言わなかったじゃない」
すると航さんはため息をついてまたおでこをくっつけた。
「あんまり可愛くて理性がぶっ飛びそうだったからだろ」
「……だから自分の部屋で寝たの?」
「なに? 寂しかった?」
航さんは私の逸らした顔を覗き込む。私は反対側にまた顔を逸らす。
「興味なくなったのかと思っただけ」
「んなわけあるか。興味ありすぎて、つらい。まだ一週間あるのに」
航さんは興奮を逃すように私の肩に額を乗せて息を吐く。
航さんみたいな無敵な人が「つらい」なんて。ずるい。
「別に……一ヶ月って言ってたやつ、そんなに律儀に守らなくても……」
「お前、この状況でそれ言う? こんなに我慢してんのに?」
航さんがスラックスのチャックとボタンを片手で外し、私の手をそこへ触れさせる。
下着越しにも熱くてゴツゴツとしていて、航さんが私に興奮していることが伝わってきて胸が苦しくなる。
「……入れたいの?」と小さい声で呟いた。もう、私も止められそうになかった。
すると航さんはいつもの、色気を塊にしたみたいなとろりとした目で私を見てから、ぎゅっと抱きしめた。
「うん。凛に入れたい」
胸の中が握りつぶされたみたいになって、心臓がおかしな動きをする。
覆い被さり密着する航さんの胸も大きく波打っているのが伝わってきた。
「じゃあ、気持ち良くしてね」
すると航さんは吹き出して笑って「任せろ」と言った。
航さんが私の乱れた服を一瞬で脱がし、私は航さんのスラックスをゆっくりと脱がした。
玲奈さんはたくさんの色のアイシャドウがのったパレットを開き、色を吟味しながら言った。
「え、うーん、変っていうか……」
変というか、無反応。虚しくてそうは言えず口籠る。
「なんかさ、反応薄かったよね。あんなにイメチェンしたのに」
「うーん、薄かったというか……」
あれは無反応と言う。
「気付かなかったのかなー?」
玲奈さんは無邪気に傷を抉ってくる。もうその話はやめて欲しかった。
玲奈さんがブラシを選ぼうと顔を伏せ、私は隠れてため息をついた。
今日はお昼ご飯の後に、玲奈さんのメイクアップモデルをしながらおしゃべりに興じていた。
私は差し詰めちょうど良い練習台なようだ。
玲奈さんは年齢よりも幼い感じがして、またストレートに感情を表現するので分かりやすい子だった。
私の育った都会にはあまりいないタイプで新鮮だ。
玲奈さんは話題をコロコロ替える。マスカラを塗る頃には響君の話になっていた。
「響は何を考えてるのかよく分からない」
「でも、幼馴染なんでしょ?」
「うん。この辺って子供少ないから幼稚園からずっとおんなじクラスだった」
「へー。あんなにイケメンな幼馴染がずっと一緒なんて憧れるなぁ」
すると、私の顔を至近距離で見つめ、マスカラを丁寧に塗っていた玲奈さんの顔がわかりやすくムッとなった。
「響ってイケメンなの? 中学までは幼馴染しかいない環境だったから、そんなこと誰も言わなかった。なのに高校生になった途端にイケメンとかかっこいいとか言われ出して。女の子とベタベタしてて気持ち悪かった」
私は思わず瞬きをしてしまい、マスカラが瞼に付くよ、と玲奈さんに怒られた。
「ベ、ベタベタって響君が? 何かの間違いじゃなくて?」
「クラスの子に腕組まれてたり、上級生と一緒に帰ってたり、怪我した子をお姫様抱っこしたりしてたよ」
「……それは全部不可抗力なんじゃないかなー?」
遠慮がちにそう言ってみたけれど、玲奈さんは納得いかない顔でむくれる。
「断ればいいのに。そういうの気持ち悪いよ」
やはり、高校生の頃に響君が玲奈さんに突然嫌われたと言うのは、そういうことらしい。予想通りだった。
「玲奈さんは潔癖なんだね」
「別にそんなんじゃないよ。ただ、なんか響が……」
響が……? その先は続かなかった。
「知らない女の子と一緒にいるのが気に入らなかった?」
私はニッコリと微笑んでそう訊いた。
玲奈さんは顔の中心を急に赤くして、案の定怒った。
「違う! 勝手に変な方向に話を持っていかないで!」
「ごめんごめん」
と謝るも、私の顔がニヤニヤして見えるのか、玲奈さんは苛立った顔のままアイブロウをコームで整える。
「私はずっと好きな人がいたから……」
玲奈さんは呟くようにして言った。なので私も呟くようにして訊いた。
「……航さん?」
訊くべきではなかったのかもしれないけれど、この話を避けていては玲奈さんと本当の意味で仲良くなれないと思った。
玲奈さんは無言で私の目を見やるとすぐに逸らした。
「……でも、ただの憧れだったのかも。フラれた時に本人にそう言われて、ああ、そうだったのかもって思った」
(フラれた……?)
知らなかった。響君もそのことは知らないんじゃないだろうか。
「それは、いつのことなの?」
「……家出した日よ」
バツが悪そうに玲奈さんはそう言った。
「憧れだったの? うーん。そうだ、いい判別方法があるよ」
私が言うと、玲奈さんは眉根を寄せて首を傾げた。
「なに?」
「航さんと、キスできる?」
自分で言っておきながら、キスをする二人を想像して胸がざわついた。勝手にダメージ大。
玲奈さんは一瞬固まったと思ったら、想像したのか苦い顔をしてアイブロウペンシルを走らせていた手を止めた。
「うーん、……できない」
「そっか。うんうん、あんなに完璧で優しい従兄が側に居たら分からなくもなるよね……」
航さんは罪な男だなぁと思った。こんなに綺麗な子が十九年間も恋愛できなかったのは航さんに責任があるとも言える。
でもこれからだと思う。
「じゃあさ……」
アイブロウも終わりメイクが完成した頃に、私は呟いた。言うか言うまいか悩んだけれど。
「なに?」
「響くんとは?」
「なにが?」と玲奈さんはキョトンとする。
「響君とはできる? その……。キスを」
キョトンとした小動物のような可愛い玲奈さんの顔が、目を見開いた驚きの表情に変わる。そしてじんわりと頬を赤くして目を泳がせた。
玲奈さんは表情もわかりやすい。
「だから、嫌だってば。気持ち悪い。響がキスをしてるところとか、想像するのも嫌だ」
「それは……玲奈さんとのキスでも?」
航さんの時はすぐに自分とのキスを想像して苦い顔をしていたのに、響君となると「自分」が相手ではないキスを先に想像してしまうらしい。
長年、恋愛対象として見てこなかったからだろうか。
「嫌だってば……」
力なく言うと、玲奈さんは後ろを向いてメイク道具を片付け始めた。
キュン。
可愛い二人の可愛い恋愛が始まればいいのにと、老婆心ながら思ってしまうのだった。
玲奈さんがしてくれたメイクを手鏡で確認させてもらうと、これまた今時の兎目な可愛いメイクだった。
ああ、でも。メイクしてもらったとて。
また航さんは無反応で、私はそれを気にするのだろう。
するといきなり、居間の扉が開いた。
「仕事終わった。行くぞ」
航さんだった。突然やってきて無敵の笑顔で言う。
「どこ……に?」
私に言ってるんだよね? と玲奈さんの顔を見たり航さんの顔を見たりしながら挙動不審に訊ねた。
「買い物行きたいんだろ?」
買い物? とはてなが浮かんだ。昨日の富山さんとの話だろうか。確かに買い物には行きたかったけれど。
「車出すから早く乗れ」
キーを片手に玄関に行ってしまう航さんを追って廊下に出る。
「でも待って、夜ご飯とか……」
「女将に俺と凛は食べないって言っておいたから」
「でも、手伝いが……」
すると航さんは足を止めて振り返った。
「お前は今日休み。仕事するな」
私はムッとなって言い返す。
「じゃあ、女将さんはいつ休むのよ。女将さんには休みがないじゃない」
すると航さんはキョトンとし、やがて笑い始めた。
「そうだな。確かにな。でも女将は家事で家を支える約束をして嫁いできてるからな。雇われてるお前とは立場が違う」
確かに、と私は押し黙った。ごもっともで返す言葉もない。
「それとも、お前も嫁いでくれるの?」
驚いて顔を上げると、航さんはイタズラに笑っていた。やられた。
「からかわないで」
「からかってねーだろ」
航さんは楽しそうに笑う。いつもの航さんで安心した。
「いつも休みの日も女将の手伝いをして、俺が出張の日はカフェの締め作業まで手伝ったんだろ?」
(う。明菜さんが航さんに伝えたのかな。)
そう言われると急に自分が出しゃばりな気がしてきた。
「……余計なことしてごめんなさい」
「余計なことじゃない。……カフェの締めと店全体の閉店作業を一人でやらせるシフトの存在を凛のお陰で知ることができた。これは店長にすでに伝えて改善してもらった。女将のことも、家業を支える女性だから休みがないのは当然というのは古い慣習だと今気付かされた」
急に仕事モードにギアチェンジした航さんの言葉に私が目を回していると、航さんは真面目な顔で続けた。
「元々、女将の仕事量を軽減したくて凛を雇うことにしたけれど、凛が休みの日も休めないとなるとそれもまた問題だな」
「うーん。思ったんだけどね」
ちょっと言いづらくて控えめに言うと、航さんは力強く頷いた。
「なに? 意見はなんでも言え」
「あと少しでお台所のこと全て任せてもらえる時が来ると思うの。そしたら週に一日か二日は私が一人で賄をこなす。その日は女将さんは完全休養日。その代わり私も土日は家事に手を出さない。……これでどう?」
すると航さんは目を丸くし、吹き出して笑った。
「もう。真剣に考えてるのに」と私はため息をつく。
「いや、悪い。すごいなと思って」
航さんは楽しそうだった。
「それなら女将の休養問題も、凛の休日も働いてしまう問題も解決するな。あとは女将がなんて言うかだけど……」
「大丈夫。納得してもらうよう私も話す」
「それは心強いな」
そう言って航さんは私の頭を撫でた。
「凛が一人でこなす日を作ることになったら、もちろん昇給な」
「え、これ以上もらうわけには……」
実は、11月分の給料を12月に入ってすぐに受け取っていた。私の事情を慮ってのことだろう。頭が上がらない。
そして11月は二週間しか実働しなかったにも関わらず、前職の一ヶ月分から少し欠けるくらいの金額が振り込まれていて目を疑った。
訊くと、月の給料を日割りした額だと言われた。
……さらに昇給となると、前職の倍近くの給料になってしまうのではないか。
確かに朝は早く夜も遅いけれど、ストレスのない環境で働かせてもらい、許されることなのだろうか。
「凛に過度に負担がかからないよう、賄についても少し考え直す。また女将と三人で話し合う時間を取るから、その時は頼むな」
航さんは猫を可愛がるような手つきで私の頭を撫で回す。
ツンと寒い廊下で、私は航さんに抱きついてしまいたい衝動に駆られたけれど、グッと堪えた。今は仕事の話をしているのだ。
「じゃあ、買い物に行くぞ」
急に表情を緩めると、航さんは私の手を取って玄関へと引っ張った。
真面目な話はもう終わりなようで拍子抜けした。
どうしても今日買い物に連れていく気ということらしい。
航さんの運転で1時間ほど揺られると、県一番の繁華町である通称・市内に着いた。
そういえば祖母もよく『市内』という言葉を使っていた。
東京出身者としては馴染みがない言葉だけれど、東京でいうところの23区外のさらに外れから渋谷、もしくは銀座に行くような感覚なのではと推測する。
「この県の銀座だな」
私の考えをまるで読んだかのようにそう言うと、驚く私を尻目に航さんは自然と手を繋いで歩き出した。
今日は、玲奈さんのリクエストで少し派手目なカットソーと自前のスキニーパンツを履いていた。
立体駐車場を抜け連絡通路を通って百貨店に入った時には、昨日のワンピースに着替えた方が良かったのでは? とじわりと後悔が滲んだ。
でも、もう着たくない。あのワンピースは……昨日で懲りたのだ。
「買いたいものは?」
とても大人に見える航さんが訊ねる。
「……ヘアオイル」と、なんとなく気恥ずかしくて小さい声で答えた。
「そしたら一階……かな?」
「航さん、もしかして外商とかついてる……?」
「いや、俺は都内も含めていろんな店行くの好きだから。ばーちゃんのところには今も外商来てると思うけど」
つくづく住む世界が違うなぁと思う。でも航さん自身は高級志向なわけではない気がしていた。
今日乗ってきた車も外国製のおそらく高級な車だと思うけれど、付き合い半分、硬い車が欲しいという理由が半分で選んだものだそうだ。
「大切な人を乗せる車が、トラックに追突されてペシャンコになったら困るだろ?」と言っていた。
外商なんて必要ない、好きなものや必要性を感じたものを自ら選んだ結果こうなっている、ということ。それができるだけの財力を、自身の能力と努力で大きく広げて。
(ムムムム。かっこいい。)
そして化粧品フロアでヘアオイルを決めるや否や当然のように航さんがカードで支払ってしまい、とても困った。
その後も他の化粧品はいらないのかと促されたり、洋服を見ないのかとせっつかれたけれど、丁重にお断りした。
「なんだ、もっと色々買えばいいのに」
オイルの入ったピンクのショッパーだけを手にした私は、航さんの呑気な言葉を聞き流す。
航さんに買い与えられるのはなんかもう懲り懲りだった。
「あ、じゃあドラッグストアに行きたい! この百貨店以外にあるやつ」
そうして航さんのテリトリーから抜け出し、隙をついては自分で会計をしてどうにか欲しかった日用品は揃えられた。
そして夕食は食べたいものを聞かれたので、おっかなびっくり「ハンバーガー」と答えた。
もうしばらく食べていなかった。どうしても食べたくなっていた。
航さんはまた笑って、百貨店近くのハワイアンカフェへ連れて行ってくれた。
こんな美味しいハンバーガー初めてと思うくらいに美味しくて、素直にそう言うと航さんは楽しそうに私と同じハンバーガーを頬張った。
なんだかすごく嬉しくて、この日一番はしゃいだ。
けれどアロハシャツを可愛く着こなした同じ歳くらいの店員さんが、私がトイレに立った隙に航さんに話しかけているのを遠目に見かけた。
少し慌てて用を足し戻ると、どうやらたまたま航さんの高校の同級生だったそうで、私は軽く会釈だけして席についた。
「でもほんと、片桐君がウチの店に来るなんてビックリだよ。みんなに自慢しちゃう」
航さんは仕事の時に使う硬い笑顔で対応する。
「年末の飲み会こそは来てよ。お願い! みんな片桐君に会いたがってるよ。もう有名人だもん」
航さんは笑いながら、相手にそうと分からない具合に曖昧な返事をした。
「ねえ、片桐君って漁業組合乗っ取ったって聞いたよ。やっぱり年収もすごいんでしょ? どのくらい稼ぐの?」
航さんはそれでも笑うので、私は奥歯をギュッと噛んだ。
「航さん、もう出よう。お腹いっぱい。早く帰りたい」
すると二人はギョッとしてこちらを見た。
「思い出話と近況報告は是非LINEで。私、関係ないので付き合わせないでもらえますか、店員さん」
私はそう言って、飲みきっていなかったグァバジュースを飲み干してドンと置いた。
彼女は「すみません」と言いながらキッチンの方に引っ込み、私は立ち上がりダウンコートを着込んだ。
平然とした顔で会計をした航さんは、店を出るなり体を折って笑い始めた。
「お前、面白すぎる」
そう言って、歩くのも休み休みになる程に笑う。
私はなんだこの人と思いながら、「我が社の大切な社長を愚弄されたので」と言った。
「守ってくれたんだよな、ありがとな。可愛すぎるなお前、ほんと」
「どこが……」と、笑い転げる航さんにも自分自身にも呆れてため息をついた。
空はもう真っ暗で、月が角を尖らせて鈍く光っていた。
やはり海のあの町の方がよっぽど夜空は綺麗だ。
「あんな人に笑いかけないでほしい」
ポツリと、そう言った。
航さんは笑い終えると、私の手を取って優しく引く。
「ごめんな。やだったんだよな。笑ってたつもりもないんだけど、癖かな」
そう言って航さんは私の肩をギュッと引き寄せた。
「……ううん、嘘。ごめんなさい。気の強い変な女を連れてディナーにハンバーガーを食べに来る男にさせちゃって」
するとまた航さんはブーっと笑った。
「さっきの人、名前も知らないけど。こんな笑いを提供してくれるなんて思わなかったな」
航さんは私を抱きしめて頬にキスをする。
日曜の夜、駅前通りは人もまばらだった。
「もう、早く帰りたい」
私がそう呟くと、航さんは「はいはい。今日は一緒に寝ような」と耳元で囁いた。
私は耳にもう一つ心臓ができたみたいにドクンドクンと脈打って仕方がなかった。
「玲奈さんをふったの?」
ベッドの上で航さんのキスの雨を受け止めながら、訊いた。
「……このタイミングでその話するか?」
航さんは私の脇腹に寄せていた唇を離すと髪をかきあげて笑った。
市内から屋敷に辿り着いた頃には21時を回っていた。
静かで暗い廊下を航さんに手を引かれ、部屋に入ると押さえていたものを解放するように、航さんは私の体を抱き上げてベッドへ連れて行ったのだった。
航さんの、私を見つめる目が今日は一段と熱っぽい。その瞳に耐えかねて、玲奈さんのことを訊いた次第だった。
「今日玲奈さんから聞いたから」
「ふったわけじゃねーよ。お前のことをしつこく訊くから、前の日に同じ部屋で寝たって言っただけ」
「……いたいけな十代の子になんてことを言うのよ」
「別にあの時は、今みたいなやましいことはしてなかっただろ」
そう言って航さんは私の胸の先端に唇で触れる。
「そう……だっけ」と息を漏らして言い、私は身を捩りながら航さんの肩を力無く押してささいな抵抗をした。
「玲奈さんは妹のようにしか見えない?」
「玲奈は、従妹。それ以外に見えたことはないな」
「あんなにキレイなのに?」
すると「さすが俺の従妹だろ?」と航さんはクスクス笑いながらおでこ同士をくっつける。
「玲奈は造形がキレイ。お前は全部が可愛い。化粧されると理性飛ぶ」
航さんはあまり余裕がなさそうに息を吐いた。
理性が飛ぶだなんて嘘だと思った。今も航さんは猛る体をしっかりと制して私に優しく触れる。
私の嫌がることは絶対にしない。
「あんまり可愛い可愛い言ってると噛むよ」
なんだかムッとなって言った。
「あんまり可愛いことばっかり言うなよ」
航さんはそう言うと体を起こして、ポロシャツを脱いだ。ゴツゴツした腹筋が目の前に現れて、耐えきれず目を逸らす。
脱ぐなんて珍しい。
もしかしたら、今日は……。でもまだ約束の日まで一週間ある。
裸の体をピッタリとくっつけてキスをする。航さんの重みと温かさがキスを何倍も気持ち良くさせる。
キスの合間に、「噛んでもいいよ」と航さんはイタズラに言う。
私は噛みたくても、航さんの舌を甘噛みするしかできない。
「髪の毛、短いのもいいな」
キスを終えると私の顔をまじまじと見て、航さんが言う。
そんな普通のテンションで話しかけないでほしい。こちらはもう息も絶え絶えなのに。
「……昨日は何も言わなかったじゃない」
すると航さんはため息をついてまたおでこをくっつけた。
「あんまり可愛くて理性がぶっ飛びそうだったからだろ」
「……だから自分の部屋で寝たの?」
「なに? 寂しかった?」
航さんは私の逸らした顔を覗き込む。私は反対側にまた顔を逸らす。
「興味なくなったのかと思っただけ」
「んなわけあるか。興味ありすぎて、つらい。まだ一週間あるのに」
航さんは興奮を逃すように私の肩に額を乗せて息を吐く。
航さんみたいな無敵な人が「つらい」なんて。ずるい。
「別に……一ヶ月って言ってたやつ、そんなに律儀に守らなくても……」
「お前、この状況でそれ言う? こんなに我慢してんのに?」
航さんがスラックスのチャックとボタンを片手で外し、私の手をそこへ触れさせる。
下着越しにも熱くてゴツゴツとしていて、航さんが私に興奮していることが伝わってきて胸が苦しくなる。
「……入れたいの?」と小さい声で呟いた。もう、私も止められそうになかった。
すると航さんはいつもの、色気を塊にしたみたいなとろりとした目で私を見てから、ぎゅっと抱きしめた。
「うん。凛に入れたい」
胸の中が握りつぶされたみたいになって、心臓がおかしな動きをする。
覆い被さり密着する航さんの胸も大きく波打っているのが伝わってきた。
「じゃあ、気持ち良くしてね」
すると航さんは吹き出して笑って「任せろ」と言った。
航さんが私の乱れた服を一瞬で脱がし、私は航さんのスラックスをゆっくりと脱がした。