愛し、愛され、放さない
夢中で走り、自宅マンションに向かう玲蘭。

「愛実に…悪い態度取っちゃった……」

しかしあのままでは、百合との約束を破ることになる。

それだけは、どうしても避けなければならない。


愛実にメッセージを送った。

【ごめんね、愛実。
旦那さん以外の男の人に、会っちゃダメって言われてて。
本当にごめんね】

すると、愛実から電話がかかり「それ、なんかおかしいよ?玲蘭、束縛されてない?」と言われた。

しかしそれでも玲蘭は、その百合の異常さに気づけずにいた。

「そんなことないよ!
旦那さんは、そんな人じゃないよ」と―――――


そしてマンションに着き、エントランスに入ろうとすると…………

「―――――玲蘭?」

背後から聞き慣れた、柔らかい声が聞こえてきた。

ピタッと立ち止まり、ゆっくり振り返った玲蘭。

「―――――!!!!?」

「あ、やっぱり!玲蘭だ!」

「あ…克広……く…」

そこには………変わらない、昔のままの克広がいた。


「玲蘭、ここに住んでるの?」

「………」

「元気そうだね……!」

「………」

「良かった…
“あれから”どうしてたかなって思って、心配してたんだ……!」

どこまでも、優しい男だ。
玲蘭が別れを告げた時も、克広は穏やかで優しかった――――――


あの頃。
百合の策略で、克広の全てが信じられなくなっていた玲蘭。

『別れてください』

この一言だけで、克広の前から姿を消した玲蘭。
理由を語ることもなく、自分勝手に別れを告げた玲蘭。

それなのに克広は、責めることなく玲蘭を気遣っていた。

『俺の何がいけなかったかな?
お願い!聞かせて?
ちゃんと直すから!
玲蘭を傷つけたのなら、そこをちゃんと正すから!
もう一度、考え直して?』

玲蘭は頑なに首を横に振り、口を閉ざしたのだ。



どうして、こんなに優しいのだろう。
こうやって見ると、百合の言葉が嘘のように感じる。

しかし、玲蘭の頭の中には“百合から聞かされた言葉と、数々の写真が”こびりついていた。

この優しい表情(かお)の中に、裏の顔がある。

そう思えて、どうしても信じられない。


「―――――玲蘭?」

「ごめんなさい!
私、急いでるの……」

玲蘭は切なく瞳を揺らし、マンションに入ったのだった。
< 26 / 34 >

この作品をシェア

pagetop