そんな簡単に彼女を決めていいんですか? ~偶然から始まる運命の恋!?~
 彼の部屋に戻って来ると、グランドピアノはその存在感を示すように、東京の夜景をバックに月の光を浴びて、黒々と輝いて見えた。
 
「ピアノ弾いてくれる?」

 リビングにずっと置かれていたグランドピアノ。じっと弾く人を待ち続いていた。
 先生の所でしか弾けなかった憧れのグランドピアノ。
 ブルーローズでは開店まで沢山練習できたけれど、自分の物ではなかったから、やっぱり好きなようには弾けなくて。
 
 目の前にある子は、私の好きなように弾いていいし、私に弾いてもらうのを待っていた。
 
 前面ガラス張りのリビングの角。
 ピアノの向こうには東京の夜景。

 最高のシチュエーション。

「最近全然弾いていなかったから、指が動かないかも」
「それでもいいから、弾いて」

 コクンと頷くと、私はピアノの蓋を開ける。
 
 ああ、久ぶり。
 鍵盤を見ただけで、心が躍る。
 本当はずっと弾きたかった。
 ピアノは私のアイデンティティだもの。

 軽く鍵盤を叩くと、ポロンっと優しい音を奏でた。

 空を見上げると大きな満月が。

 私はベートーベンのムーンライトソナタ(月光)の第一楽章をゆっくりと弾き始めたのだった。

 ────。

 グランドからつむがれる音が心地よかった。
 やっぱりアップライトや電子ピアノとは比べものにならないくらい、鍵盤の返りがいい。
 私の気持ちに答えるように鍵盤が動いてくれる。
 
 そして──。
 最後の音を弾き終えて、ゆっくりと指を鍵盤から離す。
 
 私の後ろで聞いていた涼介さんは黙ったままだ。

「……美里」

 ささやかれた声はやっと私に届くくらい小さくて。

 
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