冷たい人
初めての告白
バレンタインの当日は薄く曇っていた。
目の前に差し出されたのはバーシーズのチョコ。いつもと同じ。
帰り道に梨穂子に声をかけられた。久しぶりで驚いた。でもよかった、『幼馴染』は続いていた。涙が出そうだ。
「鈴原には?」
「これから待ち合わせ、でもその前に」
「そう、でも」
嬉しいけどもらえない。彼氏以外にチョコをあげたら駄目だと思う。予定通り、そう断ろうと思った。でも言葉が出なかった。よく考えるとその一言は拒絶の言葉だったから。
『もらえない』。
口のなかがカラカラに乾いて、その言葉がでない。俺はこれまで梨穂子に何かを伝えたことがない。関係が変化するのが怖かったから。
俺は梨穂子に一方的に『幼馴染』をもらっていた。それでよくて十分だった。本当に。でもここで拒絶したら、もう梨穂子のギリギリから転げ落ちてしまう。そんな恐怖。それは、嫌だ。どうしたら。好きだ。でも。
俺は何も言わずにそっとチョコを押し返す。その瞬間、口から逃げた水分はいつの間にか目から零れ落ちた。
「智司?」
「ありがとう。気持ちだけ」
それが精一杯だった。
菜穂子が少し驚いた顔で俺を見ている。
ごめん。俺は苦しすぎて、逃げた。そんなつもりはなかったのに。結局これじゃ『幼馴染』も終わってしまったじゃないか。何て馬鹿だ。俺は全部を失ってた。畜生。それなら。一層のこと、せめて、好きだと言えばよかった。
でもきっと、それはものすごく迷惑なことだろう。だから、これでいい。
走る足は泥のように重かった。逃げて逃げて、逃げた先は小さい頃に遊んだ公園だった。
……見間違いじゃないよね。
いつもみたいにちょっとだけ困った顔をして、唇をかみしめていた。でもちらりとだけ目の端っこが光った。
その瞬間、ふわりと、智司が好きなのは私なんだと気づいた。何故かそう、はっきりわかった。
多分、私たちは最初に会った時からお互いが好きだった。赤い糸を握り合ってて、丁度真ん中だけ何故か白かったんだ。なんで今までわかんなかったんだろう。でも今、その糸が切れかけている。
だから急いで追いかけて捕まえた。必死に。
いつも私が捕まえてるから、捕まえるのは得意。
けれども後ろから捕まえたその背中は固く硬直していた。
「捕まえた。何で逃げるの」
「逃げた、わけじゃ」
「今まで逃げたことなんかなかったくせに」
「何でこんな事をする。早く鈴原の所に行けよ」
「智司は私が好きなんでしょう?」
その瞬間、智司の体はビクリとゆれて、ドクンと暖かい鼓動が響いた。
「お前は鈴原が好きなんだろう?」
「違う」
私の気持ち?
500円のチョコにつめた気持ち。智司が好きだ。手作りの高い材料で作ったチョコよりたくさん入っていた私の気持ち。
好きだ。
公園の前の楓の木。思い出した。何故忘れていたんだろう。ここが私が智司と初めて会った場所だ。だからここからやり直さないと駄目なんdな。
「智司。私は智司が好き。ずっと好きだった。なんで気が付かなかったんだろう。ずっと一緒にいたのに」
「一緒?」
背中から抱きしめられたとき、きっと夢だと思った。
なんで突然。そう思った。
「智司は本当は私が好きなんでしょう?」
その言葉の先は、それまでの俺にとって開けてはいけないものだった。ずっと心の奥につもり続けたぐちゃぐちゃの感情は『秘密』に押し込めてきた。それはもう決壊しそうで、そして実際目の端っこから決壊始めていたものだ。
振り返れば、梨穂子の瞳は俺をじっと睨みつけていた。その『秘密』の返却を求めるように。そしてその視線が『秘密』の鍵のように、僕の機械の心臓がガチャリと外れ落ちたのを感じた。
「梨穂子。俺は何もしなかった」
「知ってる。でも、私を好きなんでしょう?」
「……好きだ」
「私も好き。多分最初に会ったときから。だからもう一度、最初から」
Fin
目の前に差し出されたのはバーシーズのチョコ。いつもと同じ。
帰り道に梨穂子に声をかけられた。久しぶりで驚いた。でもよかった、『幼馴染』は続いていた。涙が出そうだ。
「鈴原には?」
「これから待ち合わせ、でもその前に」
「そう、でも」
嬉しいけどもらえない。彼氏以外にチョコをあげたら駄目だと思う。予定通り、そう断ろうと思った。でも言葉が出なかった。よく考えるとその一言は拒絶の言葉だったから。
『もらえない』。
口のなかがカラカラに乾いて、その言葉がでない。俺はこれまで梨穂子に何かを伝えたことがない。関係が変化するのが怖かったから。
俺は梨穂子に一方的に『幼馴染』をもらっていた。それでよくて十分だった。本当に。でもここで拒絶したら、もう梨穂子のギリギリから転げ落ちてしまう。そんな恐怖。それは、嫌だ。どうしたら。好きだ。でも。
俺は何も言わずにそっとチョコを押し返す。その瞬間、口から逃げた水分はいつの間にか目から零れ落ちた。
「智司?」
「ありがとう。気持ちだけ」
それが精一杯だった。
菜穂子が少し驚いた顔で俺を見ている。
ごめん。俺は苦しすぎて、逃げた。そんなつもりはなかったのに。結局これじゃ『幼馴染』も終わってしまったじゃないか。何て馬鹿だ。俺は全部を失ってた。畜生。それなら。一層のこと、せめて、好きだと言えばよかった。
でもきっと、それはものすごく迷惑なことだろう。だから、これでいい。
走る足は泥のように重かった。逃げて逃げて、逃げた先は小さい頃に遊んだ公園だった。
……見間違いじゃないよね。
いつもみたいにちょっとだけ困った顔をして、唇をかみしめていた。でもちらりとだけ目の端っこが光った。
その瞬間、ふわりと、智司が好きなのは私なんだと気づいた。何故かそう、はっきりわかった。
多分、私たちは最初に会った時からお互いが好きだった。赤い糸を握り合ってて、丁度真ん中だけ何故か白かったんだ。なんで今までわかんなかったんだろう。でも今、その糸が切れかけている。
だから急いで追いかけて捕まえた。必死に。
いつも私が捕まえてるから、捕まえるのは得意。
けれども後ろから捕まえたその背中は固く硬直していた。
「捕まえた。何で逃げるの」
「逃げた、わけじゃ」
「今まで逃げたことなんかなかったくせに」
「何でこんな事をする。早く鈴原の所に行けよ」
「智司は私が好きなんでしょう?」
その瞬間、智司の体はビクリとゆれて、ドクンと暖かい鼓動が響いた。
「お前は鈴原が好きなんだろう?」
「違う」
私の気持ち?
500円のチョコにつめた気持ち。智司が好きだ。手作りの高い材料で作ったチョコよりたくさん入っていた私の気持ち。
好きだ。
公園の前の楓の木。思い出した。何故忘れていたんだろう。ここが私が智司と初めて会った場所だ。だからここからやり直さないと駄目なんdな。
「智司。私は智司が好き。ずっと好きだった。なんで気が付かなかったんだろう。ずっと一緒にいたのに」
「一緒?」
背中から抱きしめられたとき、きっと夢だと思った。
なんで突然。そう思った。
「智司は本当は私が好きなんでしょう?」
その言葉の先は、それまでの俺にとって開けてはいけないものだった。ずっと心の奥につもり続けたぐちゃぐちゃの感情は『秘密』に押し込めてきた。それはもう決壊しそうで、そして実際目の端っこから決壊始めていたものだ。
振り返れば、梨穂子の瞳は俺をじっと睨みつけていた。その『秘密』の返却を求めるように。そしてその視線が『秘密』の鍵のように、僕の機械の心臓がガチャリと外れ落ちたのを感じた。
「梨穂子。俺は何もしなかった」
「知ってる。でも、私を好きなんでしょう?」
「……好きだ」
「私も好き。多分最初に会ったときから。だからもう一度、最初から」
Fin