もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
「キアラ嬢の家門は伯爵家で皇族と縁続きになるに相応しい家柄です。それに、未来の皇后として申し分のない能力の持ち主です」
「たしか事業を営んでいるようだな」ずっと黙っていた皇帝アントーニオが口を開く。「業績も素晴らしいと聞いておる」
「無駄な小麦を買い漁って大損とな」と、皇后が横槍を入れる。どうやらキアラのことは細部まで調査済みのようだ。
レオナルドは義母の挑発など無視をして、
「彼女はまだ若い令嬢なのに、商才が素晴らしい。私たちは帝国の経済についてよく議論をしています。彼女の鋭い見解は、傾聴に値しますよ」
「皇太子と対等に意見交換ができる令嬢はさぞかし貴重であろう。――だが、婚約の前に父に一言でも相談してくれても良かったのではないのか? お前は帝国の皇太子なのだぞ」
「陛下の言う通りぞ。たとえ小さき事柄でも、臣下である皇太子が皇帝の意思に反するなど言語道断。謀反だと言われても仕方がないぞ」と、皇后はちゃっかりとレオナルドを牽制する。
「それは……」
ずっと硬い表情のレオナルドが、ほんの少しだけ照れ笑いをした。
「彼女を愛するばかり、私の感情が暴走してしまいました。若さ故の過ち……どうぞ寛大な御心でお許しくださいませ」
彼の想定外の言葉に、キアラの顔が上気した。
仮の婚約だと知られないように愛し合う演技をする手はずではあったが、こうも直接的に言われると殿方に免疫のない彼女は面食らってしまう。みるみる鼓動が強くなった。
生暖かい、少しの沈黙。
皇帝も皇后も目を見開いて硬直している。
ややあって、
「はっはっはっ」
皇帝が豪快に笑った。
「まさかお前の口からそのような言葉が出るとはな。――よかろう。リグリーア伯爵令嬢の、家柄も才覚も問題なし。婚姻に向けて準備を進めなさい」
「ありがとうございます、父上」
レオナルドは頭を下げてから今度はおもむろに皇后のほうに向いて、
「これからキアラ嬢が皇太子妃に相応しいと証明してみせます。きっと歴代最高の皇后になるでしょう」
次の瞬間、バキリと音を立てて皇后の持つ扇が真っ二つに割れた。