もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜
「えっ……!?」
キアラの顔がみるみる青くなった。
たしかに前に一度だけ皇太子にチップを渡したことがある。
しかし、あの時は怒涛のような出来事の連続ですっかり気が動転していて、遥かに身位の高い王族へチップを渡すなどという大無礼を働いてしまったのだ。
本来なら、王族に金を恵んでやったなど、不敬罪で首を刎ねられてもおかしくはい。
あれから数日たって我に返ったキアラは、とんでもないことをしでかしてしまったと、いつ皇太子から咎められるか戦々恐々としていたのだ。
しかし目の前の婚約者はキラキラと瞳を輝かせて、
「チップだ。銀貨の」
彼はよこせと言わんばかりに手を差し出す。
その姿が餌をねだる大型犬みたいで、キアラは不覚にもちょっと可愛いなと思ってしまった。頭をわしゃわしゃと撫でてやりたい気分。
「……どうぞ」
彼女はおもむろに懐からチップを出して、そっと彼に手渡した。
彼は彼女の手をぎゅっと握るように優しく受け取る。
「まいど」
皇太子は弾んだ声で答え、嬉しそうにいただいた銀貨をポケットにしまった。
「王族が使うような言葉ではありませんわ、殿下」と、キアラは呆れて咎める。
「一度言ってみたかったのだよ。――これからも、私にもチップを配るように。私たちの仲に貸し借りはなし、だろう?」
「……分かりました」と、彼女は苦笑いをする。
英雄の皇太子は抜け目がないし、剣を持つと怖いくらいに鋭い顔つきになるし――でも、たまに少年みたいに笑って、わがままを言う。
七回目の人生ではパートナーとは上手くやれそうだと改めて感じた。
互いのメリットで結びついた、等価交換の対等な関係だ。
「たしかに、私たちは仮の婚約。貸し借りはなしですからね。殿下にもそれ相応の対価をお渡しせねば――」
「あ、そうそう」
レオナルドはキアラの言葉を遮る。
そしてぐいと身体を前のめりにして、彼女に顔を近付けた。
「それから、私のことは殿下ではなくレオナルドと名前で呼びなさい。私たちは仮にも婚約者同士なのだから」
「なっ……!?」
キアラは顔を真っ赤にして、声にならない悲鳴を上げたのだった。