もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

 議場が水を打ったように静まり返る。ダミアーノだけが顔を上気させて、肩で息をしていた。
 公爵令息を取り囲む空気は、反対にどんどん冷めていく。
 もはや勝負ありと意見が傾きかけたところだったが、ダミアーノも負けていなかった。

「私たちの婚約解消には、皇太子殿下自らが対処されました。我が屋敷にも、わざわざ殿下がいらっしゃっています。……これは、密かに二人が通じていて、邪魔者を消したかったからではないのですか?」

 会場がざわつく。公爵令息の主張も一理あると考えた。短い期間の婚約や皇太子の行動から鑑みると、証拠はないが確証があるように思えてくるのだ。

 レオナルドは会場のざわめきを一通り眺めてから、酷く困ったように口を開いた。

「これは、彼女の名誉のために、本来ならば公表したくなかったのだが……」

 その発言に、ダミアーノの瞳が鋭く輝く。

「やはり! お認めになるのですね――」

「あれを持って来なさい」

 皇太子が合図をすると、侍従が一束の書類を持って来た。

「私が公爵家と伯爵家の婚約解消に一役買ったのは認めよう。だが、それはキアラ嬢から相談事を受けたからだ。私は帝国の皇太子として、貴族の不正(・・・・・)は許せないからな」

 またしても、興奮を帯びたざわめきが広がる。
 心当たりのあるダミアーノは、青ざめた。

「っ……」

 ややあって、皇太子の朗々とした声が会場の隅々にまで響いた。

「この書類は、ここ3年のヴィッツィオ公爵家、及びミア子爵家の収支報告と()()簿()だ。それから、恋人同士の恋文と密会の記録だな。誰とは言わないが……?」

 レオナルドは挑発するように顎を上げてダミアーノを見下した。
 公爵令息は蛇に睨まれた蛙のように硬直し、言葉を閉ざし、ぎこちなく(こうべ)を垂れる。
 どちらの勝利かは、一目瞭然だった。

(キアラ嬢の名誉は守れそうだな)

 騒がしい場内で、レオナルドだけが安堵の笑みを浮かべていた。

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